【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#167]Ep.22 アシュリー
ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~
Ep.22 アシュリー
このまま裏口から帰るようにと、彼に勧められた。
理由を聞くと、彼は決まりが悪そうに視線を逸らせてから、ぽつりと話した。
彼の兄貴分たちは、どうやら私の体が目的らしいと。
そんな事だろうと予想はしていた。
クエストの最中に、私の体を舐め回すように眺めている視線を感じたのは一度ではなかった。
打ち上げだと誘われたこの店で、自分のグラスにだけ強い酒を注がれたのにも気付いていた。
私はああまたかと、そう思っただけだった。
そんな事は今までにもよくあった事で、すっかり心が麻痺していた。
だから彼に帰れと言われて、ああそんな選択肢もあるんだと、ようやく思い当たった。馬鹿だな私は。奴らを酔いつぶしてやればいいんだと、そんな風にしか考えていなかった。
彼に手を引かれ店の厨房を横切り、裏口から外に押し出された。急いで宿を変えるようにと、彼の言葉を残して扉は閉まった。
卑猥な男どもの相手をすることも、無理に強い酒を飲むことも、痛くてつらくて嫌なことも、何もしなくて済んだ。
でも、私を逃がした彼はどうなるのだろうか?
クエストの最中にちょっと怪我をしただけでも奴らに怒鳴り散らされていた彼は、私が軽く回復魔法をかけただけで何故か怒られていた彼は、また奴らに怒鳴られたり怒られたりするんじゃないだろうか。
* * *
傷だらけの彼を引き取って、宿屋に連れて帰った。
表情が見えない程に腫れた顔。血や彼自身の汚物に塗れた服を脱がせると、当然のように痛々しい傷と痣だらけだった。
浅く湯を張った湯舟に座らせ、湯に浸した手ぬぐいで体を拭く。
傷に染みるのだろう。たまに彼の顔が痛みで歪む。湯はすぐに汚れで濁った。
汚れを落としたところから傷薬を塗ろうとして手が止まった。
私のような者に体を洗われるなど、彼は嫌に思うだろうか。ましてやこうして触れるなど。
いや……もしそうだとしても、彼をそのままにしてはおけない。
後に叱られたり疎まれたりしたとしても、今は彼の傷を癒す方が先だ。
傷薬を塗り、回復魔法をかけてやると少しは落ち着いたのだろうか。ベッドに横たえさせると、そのまま眠ってしまった。
良かった……
そう心で呟いた自分に、自分で驚いた。
私が他人に対して、こんな感情を持つなんて…… 自分には冷たい感情しかないと思っていたのに。
ただ生きるだけに精一杯だった自分が、誰かに対してこんな気持ちを抱くだなんて、思ってもみなかった。
* * *
私にとっては信じられない言葉だった。
一緒に……
一緒に町を出よう、と……
今まで、ずっと一人だった。
流れ着いた町のギルドで、一時的にパーティーを組むことはあったが、それもその時だけの事だった。
それどころか、邪な目的で誘われた事もあった。
彼は私がどんな汚い事をしたかを知っている。それでも彼が私と一緒に居てくれるのは、恩義からかそれとも行く場所が無いからだろうと思っていた。
でも、この町を出て一緒に旅をしてくれると、そういう事なのだろうか。
少しだけ、彼も今までの男たちと同じではないかと思う気持ちもある。でもそれならそれでも構わない。どうせ私の身はすでに穢れている。
疑うよりも彼の事を信じてみたいと、そう思った。
* * *
王都に来て、今までの自分には無かった物を沢山得る事ができた。
これと言うのも、彼のおかげだろう。
他の冒険者と話す時、また酒場で他の客や女性たちと話す時に、彼の人懐っこく気さくな口調は皆に受け入れられやすいようだ。
あれが彼なりの処世術なのだろう。私には無いものだ。そのおかげで不愛想な私でも、こうして皆に普通に受け入れられている。
彼が私に向けてたびたび口にする好意的な言葉も、そのうちの一つなのだろう。
それでもその言葉が私の心を穏やかにさせてくれている。
彼を私の元に縛り付けているのは、過去の恩義なのだろう。きっと彼の義理堅さがそうさせているのだろう。
そうだとしても、私は十分救われてる。
この時間を手放したくないと、そう思ってしまうほどに……
闘技大会に出たのは、元々は自分の意思ではなかった。彼が勧めてくれたからだ。
彼だけでない。ギルドの他の冒険者たちも同様に出場を勧めてくれた。
私が勝ち進めば、このギルドの為にもなるのだと、ギルドマスターは言った。
正直、『英雄』になるだとか魔王を倒すだとかは、私にはどうでもいい事だった。
私の事を信じてくれる彼に応えたかった。
こういう時、彼はまるで自分の事のように喜んで笑ってくれるのだ。その笑顔が、また見たかった。
でも『英雄』になったら旅にでなければいけないのだと。ここで彼と別れるのが惜しくなった。
だから彼を『サポーター』に推挙したのは、私の我儘だ。
ダメだな…… 私は……
彼の恩義を利用して、ずっと彼を縛り付けている。
もう私に貸りなどないのだから、彼は自由になってもいいのに。
こんな穢れた私なんかに…… 囚われている必要はないというのに。
* * *
メルは人が愛せないのだと、そう言った。
その自分が、人を愛するふりを命じられているのだと。
どんな理由かはわからないが、私を口説き落とす様に命じられたらしい。
おそらく…… サムが言っていた事が関係しているのだろう。
彼女の持っていた手帳には、この討伐隊の予定が色々と書かれていた。今までの事だけでなく、この先の事まで。そしてサムとメルの関係についてまで。
その予定通りに流れが進むように命じられているのだと、そしてメルもその駒の一つなのだと、サムは言っていた。
それならその命令通りに、私と恋人になればいい。
いいや、ふりだけすればいいんだ。お前がトラウマから自分の意思では女性を抱けない事は知っている。私もそんな事は望んではいない。
今日の様に、こうしてお前の部屋で飲んで、そのまま夜を明かせば周りにはそう思われるだろう。
穢れている私なんかがお前の相手でも構わないのならば。そんな私と噂になることを、お前が嫌と思わないのならば。
大丈夫だ。私には好意を向けている相手も、居ない。
なにより私には人に愛される資格はない。
上の命令に従っているふりをしてやればいい。もう教会の言う事を聞く必要はない。
お前が望む自由を手に入れる為なら、私はお前に協力しよう。
メルだけじゃあない。この一行は私の大事な仲間だ。
望まれて生まれる事ができずに居場所のなかった私に、初めて出来た家族同様の大切な仲間たち。
そんな皆の望みをかなえる為になら、私はこの身を尽くしたい。
それが、私の望みだ。
* * *
扉を開けたのは、ルイだった。
祭壇の宝箱を見つけたのはアレクだった。
メルが妙な魔力を感じると言った。
サムがアレクとルイに止まるように言ったが、遅かった。
罠だった。
部屋の中央に差し掛かった二人の足元に、見た事もないような大きな魔方陣が浮かびあがる。
それを見て彼女たちを助けようと駆け出したのはクリスだった。私はその後を追った。
先を走っていたクリスの手が、アレクを追っていたルイに届いた。
ルイの手を引いて、私の後ろから駆け込んできていたシアの元へ引き飛ばした。
動きを止めた二人の横を駆け抜けて、もう3歩先にいるアレクに手を伸ばす。
もう一歩、届かない。
アレクが足元の魔方陣に気付いて後ずさりすると、その手を掴むことができた。後方に居るクリスにむけて、彼女を引き戻す。
アレクをクリスが受け止めたのを見て、自分も身を戻そうと振り返る。
視界の中、アレクとクリスの向こうに、彼らの姿が見えた。
シアがルイを腕に抱き、大丈夫か?と、彼女の名を呼んでいる。
その姿に、何故か胸が痛んで足が止まった。
瞬間、足元から激しい衝撃を受けた。
「アッシュ!!」
メルの叫び声が聞こえた。
そのまま上に突き上げられ、ぐるんと世界が回った。
胸に激しい痛みを感じ、喉元に上がってきた何かを吐き出した。赤い血の色をしていた。
ようやく、自分が巨大な魔獣の顎に捕らえられた事を知った。
ああ、何をしていたんだ、私は。
ルイを守れと、シアに命じていたのは私自身だったのに。
彼女の名を呼ぶシアに、彼女を抱きとめるシアに、こんな時に私は何を思ってしまったのだろうか。
「くそっ!!」
自分自身への怒りの言葉と共に、己を捉える巨大な魔獣の顎に向けて、手にした剣を思いっきり突き刺した。
魔獣は不快そうにくぐもった声を上げたが、牙を緩める事はなかった。
それどころか、胸に食い込んでいた魔獣の牙がさらに深く刺さった。しかもどういう事か、剣は抜けなくなってしまった。
ああ、これではいけない。もうダメだ。
でもこの腕輪は守らないと。これがないと魔王が倒せない。
それなら……
自身の右腕を刃に当て、思い切り力を籠めた。
焼けるような痛みとともに腕が落ち、これで大丈夫だと、安堵の気持ちが沸く。それ以上抵抗する気は、もうなかった。
「アッシュ!!」
彼が私の名を呼んでくれる。
ああ…… 最後にそれが聞けて、良かった……
魔王を倒す事ができれば、クリスの望みは叶えられる。
もうアレクはクリスと真っすぐに向き合えるようになった。王都に帰れば幸せになれるだろう。
サムもお姉様に認めてもらえるだろう。彼女はいい神巫女になれる。
メルもこの旅が終わったら、教会を抜けて自由になると約束をした。
ようやくルイを故郷に帰してあげる事ができる。
シア…… すまない…… ずっと私がお前を縛り付けていた。
これでお前は自由になれるんだ。私に囚われる事は、もうない……
でも…… ああ、でも…… 本当は……
一緒に生きたかった……
* * *
ぽたぽたと水の音が聞こえた。
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