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【連載小説】ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい[#083]66 散歩

ケモ耳っ娘になったからにはホントはモフられたい~前世はSランク冒険者だったのでこっそり無双します~

66 散歩

◆登場人物紹介(既出のみ)
・リリアン…主人公。前世の記憶を持つ、黒毛の狼獣人の少女
・ニール…リリアンの友人で、冒険者見習いとして活動している、貴族の少年
・アラン…ニールのお供兼「冒険者の先生」をしている騎士
・デニス…王都シルディスの西の冒険者ギルドに所属する、Aランクの先輩冒険者
・シアン…前・魔王討伐隊の一人で、デニスの兄貴分。リリアンの家に借り宿中。

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 庭にでて、ふーーっと一つ伸びをした。
 大きく息を吐きながら手をおろした時に、少し離れた植木の茂みからゴソゴソと物音がする事に気が付いた。眉間にしわを寄せて、よく目を凝らして見ていると、にゅっと茂みから黒い何かがもぞもぞと這い出して来た。

 仔犬だ。しかも真っ黒い。
 きっと迷い込んで来たのだろう。1匹で出歩くにはまだ幼い。親とはぐれたか、それとも飼われている家から逃げ出したのだろうか?
「……お前、どこから来たんだ?」
 つい声をかけた。

 その仔犬はまるで俺の言葉が分かったかの様に、きょとんとした様子でこっちを見つめた。
 可愛いな。
 構いたくなって手を差し出すと、仔犬は驚く様に跳び退いて、そのまま一目散に逃げて行ってしまった。
「……ちぇっ」
 別に捕まえようとか悪戯しようとか、思ったわけじゃないのに……

「ニール様、そろそろ勉強の続きをしましょう」
 家庭教師が部屋から窓越しに声を掛けてきた。

 将来の為に勉強は必要な事だと理屈ではわかっていても、やっぱり退屈だし好きにはなれない。リリアンが家に居た時には勉強の後の楽しみがあったから良かったんだけどな。
 そうだ。勉強時間が終わったらリリアンの家に行ってみようか。シアンさんもいるから、また話が聞けるかもしれないしな。
 メイドのロッテに頼んでお菓子でも作ってもらっておこう。

 そんな事を考えながら、また一つ伸びをした。

 * * *

 今日も王城に来てみたが、残念ながらあの女性騎士には会えなかった。
 あの後、副団長を捕まえて彼女の事を尋ねた。どうやら毎日ではないが、王城での訓練に参加する日は大抵午前の早い時間に現れるそうだ。

 ニールの家庭教師が来る日なら、午前に時間が取り易い。昨日の今日ではどうだろうかとも思ったが、結果は空振りだった。
 副団長にはさり気なく話を持って行ったつもりだったが、そうは思われなかったらしい。そのニヤニヤ顔が「お前も彼女目当てか?」と言っているのはわかっている。

 否定は出来ない。全くその通りだ。
 あんな素晴らしい女性と一緒に過ごす時間を持てたらと、そう願ってしまっているのだから。

 仕方ない。帰って溜まっている書類仕事を片付けようと思い、家に向かう道すがら、黒い仔犬が道の端を駆けてきて行き違った。
 ここ王都に野良犬が居るのは別に珍しい事ではない。町の中にいる犬は、野良と言っても定まった飼い主が居ないだけで、気ままに町人から餌をもらっている半飼い犬の様なものだ。町の外の野犬とは違って危険な事は全く無い。
 でもやけに目に付いたのは、幼い仔犬だからだろうか。しかも隙がないくらいに真っ黒い。

 なんとなく視線を外せずに、じっと通り過ぎるまで眺めていると、その仔犬も立ち止まって振り返った。
 野良のわりには綺麗な毛並みをしている。どこかの飼い犬なのかもしれない。その艶のある美しい黒い色に、件の彼女の流れるような髪を思い出した。
 ああ、そうか。仔犬にまで彼女を連想するほどに、想ってしまっているのか。

 つい自嘲じちょうし鼻で笑うと、仔犬はそっぽを向いて行ってしまった。
 自分で自分をあざわらって一人で笑うなど、なかなかに恥ずかしい姿だ。見られたのが仔犬で幸いだったと、そう思った。

 * * *

 並べられた魔導かかしに向かって、めいっぱいの魔力を込めて火魔法を放った。
 かかしは湧き上がる炎に巻かれて燃え上がりながら、一度大きく膨れ上がるとボンっと派手な音を立てて弾け、大小の魔法石となって飛び散った。

 魔力の上げ方はいくつかあって、それぞれ人により適正がある。こうして魔力を使い切って回復させる事で上がるタイプは一番多いそうだ。俺も力の解放を受けてからこの訓練法を取り入れたところ、みるみると魔力が上がった。かなり性に合っているらしい。
 さっきのかかしの膨れ上がり方からして、また昨日より魔力アップを果たせているようだ。その結果に満足して訓練場を後にした。

 まだ今日は少し時間がある。図書室で魔法の勉強でもしていこうか、それとも……

 渡り廊下に差し掛かったところで、庭に座り込んで植木の茂みを覗き込んでいる女性の姿が見えた。服装からして、下位魔法士か見習いだろう。

「どうしましたか?」
 そう声を掛けて近づくと、ガサっと音を立てて真っ黒い仔犬が逃げて行った。

「あー 残念です。行っちゃいました」
 成程、あの仔犬を構おうとしていたらしい。
「邪魔をしてしまいましたね、すいません」
 彼女はそう言った自分を振り返ると、少し驚いた様に目を見ひらいてから頬を赤らめた。

「いいえ、大丈夫です。 あの、先ほど訓練場で……拝見しておりました」
 そう言われてよく見ると、あの散らばった魔法石を集めていたうちの一人だ。
「訓練はもう終わりですか?」
「ああ、おおよそ魔力も使い切りましたし。時間が空いたので図書室にでも行こうかと……」
 それを聞くと、彼女はさらに頬を赤らめた。
「あの…… 私の…… 魔力をお分けしましょうか?」
 顔を上げて目をつむる。

 これは……誘われている。

 そのまま彼女の唇に自分の唇を重ねる。重ねるだけでなく、貪るように唇を合わせ舌を入れると、彼女もそれに応えて舌を絡めて来た。

 唇を合わせる事で相手に魔力を分け与える事ができる、というのは眉唾まゆつばだ。しかしその真偽はここではあえて追究されず、こうして相手を求める理由に使われている。そして誘いに乗るのなら、その後にこう声をかければいいのだ。

「まだ魔力が足りない。君の部屋で休ませてくれないか?」

 まだ昼間だがそんな事はここでは関係ない。先日のエルフの女性もなかなかに魅力的だった。この彼女もエルフで、しかも十分に美しい。彼女はどんな表情を見せ、どんな声であえぐのだろう。

 魔力があがって中位魔法士になった頃から、すこしずつモテるようになり、こうして何人もの女性から誘いがかかるようになった。以前の生活とは雲泥の差だな。

 * * *

「ほらよ、おっさん」
「おー、ありがとよ、デニス」
 屋台で買ってきたどデカいホットドッグを両手に持ち、一つをシアンさんに手渡す。ベンチで座って待っていたシアンさんは、受け取った流れでそのまま大口でかぶりついた。
「おお、美味いな」
 上機嫌で言うシアンさんの隣に腰かけて、負けない程の大口でかぶりつく。熱々のソーセージから肉汁と強いスパイスの香りが溢れ、口の中に広がった。これは確かに美味い。

 しかし、こんな天気のいい日に、ヤロー二人で街を歩く事になるとは……

 朝帰りしたリリアンはまだ体調が全快ではないようだったから、無理には誘えない。仕方なくシアンさんと冒険者ギルドに行ったけれど、これという依頼もなかった。
 そのまましばらく、二人で店を冷やかしながら町を歩いて回ったところだ。

 日の強さから逃げる様に、木陰のベンチでホットドッグにかぶりついていると、目の前を真っ黒い仔犬がとぼとぼと歩いていた。
 仔犬は俺たちの視線に気付いたように顔を向けた。ちょっとだけ、まるで考える様に首を傾げると、今度はこっちに向かってとてとてと歩み寄って来た。

「どうした? 腹が減ってるのか? なあ、デニス。これやってもいいかな?」
「ソーセージはスパイスが効いているからダメじゃないか? パンの所を少しくらいなら大丈夫だと思うけど」

 シアンさんがパンの端をちぎって差し出すと、仔犬はパンの匂いを確認してから、何かを言いたそうにこちらを見上げた。
「腹が減っている訳じゃないのか?」
 そう声をかけると、軽くうなずくように首を振ってから、パンを頬張ほおばった。
「なんだか気を遣われたみたいだなぁ」
 そう言ってシアンさんが笑うと、クゥと鼻を鳴らす。

「可愛いな」
 仔犬はまるでその言葉がわかったかの様に少し尾を振ってから、今度は俺とシアンさんの間に割り込むようにベンチに跳び乗った。そのまま俺らの仲間のような顔をして、ぺたりと座り込む。
「こいつ、懐っこいな」
 頭を撫でてやると、気持ち良さげに目を細めた。
 ホットドッグを飲み込んだシアンさんが両手で仔犬の頬を挟んで撫でると、むにむにと変な顔になった。それでも嫌がる様子もない。

「よっし、こっち来いよ」
 シアンさんが抱き上げると、流石にびっくりしたのか仔犬は身じろぎをした。
「大丈夫だから、な?」
 仔犬はそのまま言いくるめられたように大人しくなって、シアンさんの腕の中にすっぽりと抱かれてしまった。頭から背中に向かって撫でるシアンさんに、甘える様にまたクゥと鳴くと、彼の腕に顎を乗せた。
「こいつの毛並み、手触りいいなぁ」
 上機嫌になったシアンさんに撫でられて、仔犬はすっかり落ち着いたようだ。

 仔犬が大人しくしているものだから、そのまま二人でさっき店で見てきた魔道具の話に夢中になっていた。ふと気付いて仔犬を見ると、ぐっすりと眠り込んでいる。

「おっさん、そろそろ帰ろうや」
「そうだなー こいつ、どうするかな?」
 そう言いながら、シアンさんが仔犬の耳元をくしゃくしゃと撫でるが、起きる様子はない。俺も首のあたりを撫でてみたが、気持ち良さげにむにゃむにゃとしている。まるで寝ぼけているかのようだ。

「首輪はしてないから、飼い犬ではなさそうだけど……」
「でもこんなところにおいて行けないしなぁ。ひとまず連れて行こうか?」
 仕方ない。仔犬を抱いたまま、一緒にリリアンの家に向かった。

「お、起きたか?」
 そうシアンさんが声をあげたのは、リリアンの家が見えた辺りだった。
 仔犬は何が起きているのかわからない様子で、キョロキョロと辺りを見回していた。そしてシアンさんの腕から跳び降りると、リリアンの家の方に向かってとてとてと走り去った。

 驚いて少し追いかけたが、そのまま塀の方に行ってしまったのか、そこらの路地かどこかの家の庭にでも入り込んだのか、すっかり見失ってしまった。

 * * *

「「ただいまー」」
 リリアンの家なのに、まるで自分の家に帰った様にデニスと二人で声をあげる。
『お帰りなさいませ』
 メイドの服装をしたアニーが、玄関で俺たちを出迎えた。
「リリアンは2階か?」
『はい、今はお部屋にいらっしゃいます』

 俺らが居間に入ると、ちょうどリリアンが大きな欠伸あくびをしながら階段を降りてくるところだった。
「なんだ? 昼寝でもしていたのか?」
「ちょっと調べものして、そのあと本を探したりしていたら、疲れて眠くなっちゃってーー」
 リリアンはそう言ってえへへと笑った。

「ちょっと埃っぽくなっちゃいましたので、シャワー浴びてきますね。お茶でも飲んでてくださいー」
 そう言って俺の顔を見た彼女は、何故か少し気まずそうに顔をらせた。

 そのまま逃げる様にバスルームに向かった彼女の尾が、嬉しそうに少し揺れた気がした。


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