見出し画像

好きだからこそ、傷付くのやもしれず

専門の病気が生きるか死ぬかに直結する医師は、話していて冷たい印象を受けることがたびたびある。外科医、産婦人科医などはその最たるものだと個人的に思う。

想像は出来る。想像を絶するほどの激務で多忙で神経がすり減っていて、入院患者や外来患者の感情のフォローなどしている余裕がないのだろうと。言葉選びや声色に気を配るなんてことは余計な労力であり、そんなことに神経を割きたくないのだと。

が、たとえ頭で想像して理解した気になれても、わたしはその態度に毎度毎度傷付いてしまい、嫌な目に遭うたびに家で怒りからの号泣コンボをキメている。ひとしきり泣いたあと、「まあ、医療行為さえきちんとしてもらって、自分が死ななければいいか」と妙に捌けた気分で決意するところまでがセットだ。そして、また嫌な目に遭ったと感じては号泣する。わたしは31だが、まだまだ泣く。年をくって涙腺が緩くなったおかげで、バンバン泣けるようになってきた。泣いてすっきりするならいくらでも泣けばいいと思う。

子供のころの病院はわたしにとって肉体的に嫌な目に遭う場所(注射とか点滴とか、鼻の奥まで金属の管を突っ込まれて耳まで風を通されるとかイボを千切られるとか)だったが、大人になってからはどちらかというと精神的に嫌な目に遭う場所に変わった。病状を伝えたら、診察もせずに「そんなの大したことじゃないから」とすげなく返されたり、そろそろ運動してもいいですか(妊婦の運動には許可が要るとネット記事で読んでたので)と聞いたら診察する前から「好きにすればいいんじゃない」と投げやりに言われたり(こうして書くと、診察する前からテキトー放かれると嫌みたいですね)……まあまだまだ思い出せるが、このへんにしておく。

前も書いたかもしれないけども、わたしは「医者」という大枠は好きである。専門知識のもとに、苦痛を取り除いてくれる。お勉強的には文句なしに頭が良いし、対応や性格が良い先生も何人か顔が浮かぶ。わたしはお医者さんというものが好きだからこそ、雑に扱われたと感じると傷つくのかもしれない。とことんわたしは、MBTIで言えばF(感情型)な人間だなと思う。感情や情緒に重きを置く。逆に医師になる人はT(思考型)のほうが多そうだ。そのほうが適性がありそうである。

そしてわたしはまた泣く羽目になるんだろうと気だるい気持ちになりつつ、泣いていいよと舘ひろしのごとく自分を慰め、避けられない病院通いを続けるのでありました。ちゃんちゃん。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?