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イノベーションと感情知能(EQ)

 イノベーションを担う人材に関する議論は、デザイン思考における共感力や、推進ドライバーとしての内発的動機、ビジョンを描く力、周囲を巻き込む力など、感情に近い領域でよく行われます。しかし、イノベーションに関わる人々は、合理的・科学的なアプローチだけでは不足している事を「人間中心」などとうたいながら認めつつも、実のところ「人間らしさ」の根幹をなすであろう「感情」を取り扱う知能であるEQ(感情知能)に注目することは決して多くないように見えます。 

 他方で、昨今のビジネス環境において、あるいは社会課題を解決する上でも、イノベーションやそれにまつわる手法・思考法は欠くことのできない要素である事はかなり浸透していると言えます。それにも関わらず、感情の専門家、とりわけビジネススキルとしてのEQ開発を担う人々の間でも、「EQとイノベーションとの関連」は決してメイントピックスではないのです。いわゆる人材育成や教育の範囲に包含されていると言えばそうなのですが、なぜかビジネス界の重要トピックスである「イノベーション」関連に注目して大っぴらに語られることは少ない状況を観察しています。

 私は、イノベーションへの挑戦者を支援すると同時に、自らもイノベーションへ挑戦し続ける中で、新規事業開発・人材開発・組織開発の「三位一体開発」を提唱するようになりました。そして、その中で自然と、イノベーションの手法の探求と同時に、人材開発に必須な「EQの開発」に取り組み始めたのです。
 現在は、支援者としての立場では、ビジネスモデルイノベーション協会の理事としてグローバル標準のメソッドの普及啓蒙に携わりつつ、国際的なEQ開発組織である6Secondsの国際認定資格を保持者として、様々な人や組織のEQ開発を推進しています。そして実践者としての立場では、いわゆる大企業でビジネス開発グループのリーダーをしながらメンバーと共にイノベーションに挑戦し続ける中で、EQ開発にも取り組んでいます。

 しかし、「イノベーションとEQ」についてそれぞれに関わる人や組織と接する中でも、それらが統合的にアプローチされている事例をあまり見聞きすることがなく、そこに違和感を持ってきたことが、本稿を記してみようと思った大きな動機です。例えば、同一社内でそれぞれの教育が実施されてきたとしても、「イノベーション教育」と「EQ教育」は全く別の文脈で別の部門が取り扱っていたりもします。

 イノベーターとEQ推進者の双方が、それぞれの重要性自体はおそらく相互に認めつつも、なぜ、統合的なアプローチがなされていないのか?それぞれ以下のように考えることができそうです。

【EQよりもイノベーションな理由】

 イノベーションに興味のある人々は、技術や製品・サービス、あるいはビジネスモデルなどにフォーカスする場合が多く、それを担い取り扱う人の感情や人間関係について俯瞰的に捉えがちな側面がある様です。また、イノベーションへの興味は、数値や成果に重点が置かれる傾向もあり、新しいアイデアや製品を追求することに情熱を注ぎつつも、そのプロセスにおける感情的・人間的な要素に関しては、深いレベルでは見落としがちでもあるように感じられます。

【イノベーションよりもEQな理由】

 一方、人の成長や調整、特にEQに関心を持つ人々は、人間関係や感情の理解にフォーカスしがちで、他者とのつながりや共感に重点を置くため、イノベーション技術、アイデア、成果といったイノベーターたちが求めるものへの興味が相対的に低くなることがあるようです。また、EQに関心を持つ人々は、どちらかというと、「急成長のためのリスクテイク」よりも、「安定性や心地よさ」を重視する傾向があるようです。イノベーションとはまさに、リスクや不確実性そのものであり、できるだけ遠ざけて置きたくなる概念であるようにも見えてきます。

【イノベーションにEQが必要な理由】

 しかしながら、私はイノベーションへの取り組みにおいてEQ(感情的知性)が重要な役割を果たすことは、間違いないと考えています。
 ここから、①イノンベーションの担い手としての自己統制、②チームビルディング、③顧客課題への共感やUXデザイン。④ステークホルダーとの関係構築、⑤ビジョンと戦略、といった5つの観点から、EQとイノベーション関連性について考察してみたいと思います。

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①イノベーションの推進における自己統制 
 
まず、EQ開発は、一般に自己表現や創造性をうまく発揮する能力の開発に繋がります。感情知能には、柔軟な思考や創造的な解決策を見出し、新たなアイデアやイノベーションへと結びつける能力が含まれているからです。
 さらに、感情知能には自己認識と自己管理の能力も含まれています。担当者が自分の感情や思考を理解し、適切に管理できる能力があると、新たな取組においても冷静な判断を下すことができます。加えて、感情知能は内省を通じて新たな学びを得て、自律的に成長するための必要な知識です。これができることは不確実性の高いプロジェクトを推進する上で貴重なアドバンテージとなるのです。
 EQを高めることは、失敗や困難に柔軟に対応し、学習と成長につなげることができるため、イノベーションに適した人材への道であると言えるでしょう。

②チームビルディング
 イノベーションは、複数の人々の協力なしには成し遂げられません。EQを開発することで、他のメンバーとの円滑なコミュニケーションを図り、チーム全体の信頼関係を構築することができる能力の獲得が期待されます。また、EQを高めることは、他者の感情や視点に対して敏感でいることにもつながるため、協力関係を築くために柔軟に対応することができます。これにより、チームの結束力やパフォーマンスが向上することは容易に想像されるでしょう。
 更に、EQの高いリーダーは、チームメンバーのモチベーションを高めることができる傾向が強いのです。他者の感情を理解し、適切なサポートやフィードバックを提供することで、チームのエネルギーと意欲を引き出すことができるからです。
 特にEQとイノベーションの統合は、チーム内のコラボレーションや創造性を促進する効果があります。感情的なつながりや共感を通じて、メンバー同士の信頼関係が築かれ、より良いアイデアの共有や意見の相互理解が生まれます。
 イノベーションを推進するチームには、「多様性」と「心理的安全性」が重要な要素とされていますが、これらを機能的に保持するためにも、EQは必須の知性であると言えるのではないでしょうか。

③顧客課題への共感とUXデザイン
 イノベーションのためには、「解決すべき課題」を明確に定義し、その課題に関わる利用者や関係者の欲求や苦痛を理解し、それに基づいた価値提案をデザインすることが不可欠です。EQ開発に取り組むことで、課題に直面している利用者や関係者の感情や動機に敏感になり、それを深く理解する能力を養うことができます。たかいEQの保有者は、利用者や関係者との共感を生み出し、洞察を引き出すために適切なコミュニケーションが得意です。このような顧客インサイトは、イノベーションにとって不可欠です。
 さらに、EQを磨いている方は、顧客との関係性を築くだけでなく、ユーザーエクスペリエンスの向上にも貢献できます。感情的な洞察に基づいて、顧客の感情やニーズに合ったプロダクトやサービスを提供することができます。つまり、EQとイノベーションの統合により、ユーザーの感情やニーズをより深く理解し、それに基づいて新たな製品やサービスを開発することが可能となります。感情的な洞察を活用したイノベーションは、顧客の満足度やエクスペリエンスを向上させ、イノベーションを持続的に成功させる効果があるのです。

④ステークホルダーとの関係構築 
 
イノベーションにおいては、パートナーや投資家、取引先などのステークホルダーとの関係構築が不可欠です。EQ開発に取り組むことは、他者とのコミュニケーションや関係構築において優れた能力発揮につながります。なぜなら、相手の感情やニーズに対して敏感であり、共感し理解することができるからです。これにより、ステークホルダーとの信頼関係を築き、協力や支援を受けやすくなるのです。
 当然、EQが高い人材であれば、は意見の相違や衝突が起きた場合にも冷静に対応し、建設的な解決策を見つける能力もあります。対話を通じて異なる意見や利害関係を把握し、双方の利益を考慮しながら調整することができるからです。さらに、EQを高めることで、適切なフィードバックやコミュニケーションを通じて、ステークホルダーの期待や要求を明確に把握し、それに応えることができるようになるでしょう。 
 ステークホルダーとの関係構築においては、透明性と信頼性が双方向であり、かつ持続的な構造である必要がありますが、EQの高い担当者は、関係を継続的に育てるために積極的なコミュニケーションを維持し、ステークホルダーとの関係を強化します。つまり、ステークホルダーとの関係構築においては、EQの高さが信頼と協力を築き上げることに関連し、イノベーションの成功につながるのです。

⑤ビジョンと戦略 
 
イノベーションには、必ずと言っていいほどリスクが伴います。これに対して、EQを磨き続けることで、このリスクに対する感情的な対応を適切に管理する能力を持ちうると言えるでしょう。物事を冷静に分析し、適切なリスク管理戦略を策定することにも感情知能は役に立つからです。
 新たな取組を始めると、ほぼまちがいなく予想外の変化や困難に直面することがあります。これに対して、EQの高い人材は、柔軟な思考と感情的な適応力を持っており、必要な場合にはビジネスモデルや戦略の変更(ピボット)を行うことができます。
 また、EQとイノベーションの統合は、「持続可能なイノベーション=サステナビリティ」の推進にも貢献します。感情的な知識や共感を通じて、社会や環境への影響を考慮したイノベーションを創出することが期待できるからです。特に、イノベーションにおいては、共通善(ノーブルゴール)へと向かう姿勢が共感を呼ぶことも重要です。EQの高い人材なら、自らのノーブルゴールに自覚的であり、持続可能な社会的価値や共有価値の追求に周囲を効果的に巻き込むことができるからです。
 以上のように、イノベーションの推進において、ビジョンと戦略は不可欠な要素ですが、EQの高いリーダーは、これらをデザインするだけでなく、共有しつつチームメンバーと協力して目標を達成するために、効果的なコミュニケーションや意思決定お行うことで、持続可能な成果を生み出すための重要な役割を果たすのです。
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 以上、ここまで、EQはイノベーションにおいて重要な要素であることを見てきましたが、もちろん、EQの高さのみで成功が保証されるほど簡単なものではありませんし、アセスメント結果が全てでもありません。しかし、高いEQを持つ人材であれば、目先の結果に翻弄されれることなく、失敗から学び成長して行くことも期待できる事は間違いなく、EQ開発に取り組む価値は高いと言えるのです。

 また、上記トピックスは、EQが新規事業開発に与える影響のごく一部であることも断っておく必要があります。しかし言葉足らずであったにしろ、高いEQを持つ人材が、感情的な知性を活用して、創造性、リスク管理、柔軟性、チームワーク、ユーザーエクスペリエンスなどの要素を統合し、成功に向けた事業推進とその支援を獲得することができうることは、ある程度ご納得頂けたのではないでしょうか。

 イノベーションにはEQの他にも、ビジネス・テクノロジー・政治情勢や文化に関する知識、リーダーシップなど、多岐にわたる要素が必要です、EQが備わっていることは、これらを身に着けていく上で役立つだけでなく、これらを充足させうる異なる専門性を持った人材を結束し、リードする上で大いに役立つ能力であることを、本稿では重ねてお伝えしてきました。

 ここまでお読みいただいたあなたが、今どの様な立場であるにしろ、イノベーションに関与する意志があるのであれば尚更、自己認識や自己管理、他者との関係構築、感情の理解と共感など、EQの向上に注力することが必ず役に立ちます。EQの高い担当者は、変化の激しいビジネス環境においても柔軟に対応し、より効果的な新規事業の開発と成長を実現することができるでしょう。

【日本人の特徴と具体的な解決方法】

 データを見てみると、イノベーションに対する日本人の苦手意識や「ゼロイチ」への取り組みにおけるEQの低さが世界最下位であることが示されています。しかし、これは偶然ではないように思えます。具体的には、イノベーションにおいてEQが特に関与する可能性がある要素には、チャレンジマインドセットの欠如やコミュニケーションの課題が挙げられます。

 しかしながら、最も重要なことを最後にお伝えするとすると、IQとは異なり、EQは訓練や意識的な取り組みによって向上することができる事は必ず覚えておいてください。
 多くの場面でイノベーションが語られる中で、「感情」が適切に取り扱われていない現状があることは、私にとってはEQこそが日本の「ノビシロ」なのです。

 私は、イノベーションメソッドとEQ開発の理論を探求し、実践しながら統合し、具体的な開発プロセスとして確立してきました。イノベーションとEQ。それぞれを探求するものとして、オーセンティックな手法に加えて、内在する概念を言語化し、統合するのに役立つレゴ®シリアスプレイ®を用いたワークショップなども効果的に取り入れてきました。これらの具体例については、また別の機会でご紹介させていただきますが、この2つの領域を統合的に扱うことの効果を感じる日々です。

 少々「尻切れトンボ」感が拭えません、本稿がイノベーションとEQの関係を少しでも近づけるためにお役に立てれば幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

※本稿では、EQをEI(Emotional Intelligence)と同義に扱っております事をご了承ください


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