日本を滅ぼす研究腐敗――不正が不正でなくなるとき――プロローグ T大学総長の疑惑の合金事件 5


   

 訴訟は静かに進んでいた。30ミリ径の「金属ガラス」ができたとはとても思えない。訴訟でのやりとりを通じてそんな印象をさらに強めたO氏ら被告団は、決定打として次の内容の求釈明を行った。
 「2007年論文の実験ノート、資料、装置を開示せよ」
 原告I氏側から次の回答があった。
「東日本大震災の影響で廃棄した」
 T大学は津波被害にあっていない。I側の説明によれば、研究室の水道管が破裂して資料が濡れたなどということだった。
 ――にわかに信じがたい説明ではないか。訴訟は優勢に進んでいる。
 O氏らはそう考えて、2007年論文の矛盾をさらに追及する。その影響で、やがて大きな動きがあった。I氏の助手・Y氏が訴えを取り下げたのだ。訴えを取り下げただけでなく、2007年論文の共著者であることも取り消した。I氏の指示で実験を行った。だがそのやり方や論文の内容に問題があったことを助手のY氏は事実上認めた。
 かくして原告はI氏ひとりとなる。また2007年論文の著者もI氏だけになる。

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