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遠い記憶 十三話

何日ぐらい、いただろうか?
夜、布団に入って、暫くすると、
襖一枚隔てた、向こう側から、

何時まで、おっちゃろかね~と、叔母さんの声が、
それに、答える様に、そうだな~と、叔父さんの話し声。

私は、当たり前だよなぁと、思いながら、
両手で、耳を抑え、寝返りを打つ。
そして、小さなため息をつく。

次の朝、早く起き、外へ飛び出し、
新聞配達から、帰った母の腕を持ち、
お母さん、あんまり、おっちゃいかんごたっよ、と告げる。
母は、暫く私の目を見つめていたが、
何かを、察したのか、判った、はよ、学校行けと、言い残し
私に背を向けて、次の仕事へ、
私は、母の背中を見ながら、うんとうなづく。

その日の、夕方、母は仕事から帰って来た。
両腕に大きな米を、持って。
母は、持ってきた米袋を、玄関先にどさっと置くと、
叔母さんに、世話かけたね~と告げる。
叔母さんは、慌てた様に、まあ、そげなこつせんで、よか~と、
いやいや、
こっちこつ、永い事悪かったね~
まあ
そろそろ、お父さんも、落ち着いたやろうで、帰るわ。
あんた達、早よう、支度せんか~と言われ、
慌てて、ランドセルを抱え玄関に立つ。
ほら、
叔父さんと、叔母さんに、お礼を言わんねと、
私は、気の利いた言葉が見つからず、頭をちょこんと下げる。
弟は、屈託の無い笑顔で、叔母さん、ありがとうと、
叔母さんは、可愛いかね~と、何時でも良いからね、
又、おいでとと言いながら、弟の頭を撫でる。
母は、永い事悪かったね~と・・
それを、打ち消す様に、何言ってるの
何時まで居ても、いいんやよと、言いながら玄関先まで
出て来てくれた。

何かあったら、何時でもいいよ、おいでよと。

私は、その時、
大人には、表の顔と、裏の顔、
表の言葉と、裏の言葉が、ある事を知った。

その、友人宅を出ると、
家とは、全く反対の方に歩き出す母。
母は、迷ってる様子も無く、
初めから、決めていた様な顔をしていた。
私も、弟も、何も言わず、ついて行くしか無かった。
しばらく歩くと、

又、別の友人宅の、玄関を叩く。
そうやって
家と、母の友人宅と、学校の、行き来の日々が続いた。
全く、
やどかりの生活だった。
父の酒乱と、包丁からは、逃げられたが、
知らない人の家での、寝泊りは、
いくら、子供とは言え、
窮屈な、思いのする毎日だった。
何も言えない、ただ我慢するしか方法は無かった。

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