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八の字

「はーなー、もう」
舌打ちとともに吐き捨て
風呂場でごしごし洗った
ばあちゃんはしかめっ面
泡にまみれた
皺だらけの指先には
汚れた小さなパンツ
しゃー、ぶくぶく、しゃー
保育園に行く朝を
壊す企みは空振り
見ていた孫の
眉は八の字


いつもしかめっ面
「あり、ありあり」と興奮するのは
決まって夕飯前
平幕が横綱を倒すのに膝をうった
「ありあり」が8時半に聞こえれば
巨人の投手が打たれ、喝采していた
「アイスケーキあるよ」と言うが
冷凍庫にはアイスクリーム
孫に悪態をつかれて
「はーなー、もう」と言った
ばつが悪くなった孫の
眉は八の字


えもん竿にかけた
ぬれた洗濯物の山が
よちよちと居間を移動した
背負っていたばあちゃん
数日前に尻餅をついて
腰や足がしびれた
小刻みにしか歩けない
にーにーが洗濯物をひったくって運んだ
「えー、やー手伝え」
痛みに顔をゆがめるばあちゃんを
ただ見ていた孫の
眉は八の字


「包丁持っている」
「お金が盗まれた」
ベッドの上が
ばあちゃんの世界になった
病院、グループホーム、病院
ころころ変わる共同生活
財布がなくなる
隣室からはのべつ雄叫び
疑心暗鬼はどちらにもあって
ばあちゃんの顔を見ることができない
「大丈夫だよ」と言う孫の
眉は八の字


「痛いね?」
目をかたくつむって
顔をゆがめたばあちゃんに
痛くないと知っていたけど聞いた
「ごめんね、こんな哀れして」
孫は「らしくないな」と思い
「しかたないな」と思った
大きかったばあちゃんは
だんだんちいちゃくなっていた
油味噌ご飯を食べさせてくれたばあちゃんの
口にスプーンであちびーを運ぶ
眉は八の字


赤い大きな丸ボタンは
マスクマンのベルトについていた
壊れたボタンにそっくりだ
お下がりを巻いて得意になった
でもボタンはうんともすんとも
今にーにーが押したボタンは
びーと大きな音が鳴った
小さな窓の向こうが赤く染まった
目を真っ赤にしたにーにー
「さみしくなるな」
涙が出せない孫の
眉は八の字


焼けた骨は気持ちがいいぐらい
ぱさりと崩れた
かき集めた粉は
さらさらに乾いていた
水で練ったら
小さなかたまりになるだろう
二段に重ねたらやがて
すっくと立ち上がるだろう
しかめっ面のばあちゃんだろう
孫は涙が出ない
言葉もない
眉は八の字


◇◇◇FromBuckNumber◇◇◇
★ばあちゃんの詩「長い夏」
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