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猫はちびりながら

びちゃびちゃと汚らしい音
わたしは不審に思い台所へ
薄汚れた老猫と目が合う
瞬間身構えふっ飛んで去る老猫

他所の家に忍び込む
老猫は腹を鳴らしながら
わたしはうちの猫の居場所を守るため
うちの猫と協同して非常線を張る

足元に水滴
点々と窓まで続いている
雑巾でふき取るが
うちの猫は匂いを気にしている

窓を締め切る
飯を放置しない
発見すれば厳しく追い立てる
老猫取締網強化月間を指定する

家の周囲に巡らされた前線は
一進一退を繰り返す
うちの猫が外出するのを見計らって
侵入する招かれざる客猫

猫が狩りのみに長けたのは
融通の利かない肉食性のため
全ての行動原理が狩りに由来する習性そのものが
逃げる者を捕えなければ餓えてしまう
祖先の記憶を物語る

それ故に都会の猫は
猫以外の特定の動物にあわせて作られた世界で
その動物から食料を得る以外は
少ない肉を 腐敗しカビのはえた肉を
密集する仲間同士で奪い合わなければならなくなった

ここ数ヶ月
うちの猫の居場所は度々荒らされ
侵入者と出くわせば
一戦交えなければならない日々が続いている

わたしはうちの猫が傷つくのを怖れ
それによって自分が傷つくのを怖れながら
追い立てた老猫がどこか他所で
飯にありつけているだろうかと気まぐれな感傷に浸る

ちびりながら逃げていく老猫
ちびってでも漁りに来る老猫
恐怖を凌ぐ空腹

呑気で傲慢な飽食社会のお隣で
猫社会のストレスは増殖し続けている
都市空間で飢餓状態にある
現代猫

     ―詩集「idol」2002


◇◇◇fromBuckNumber◇◇◇ https://note.com/miyaji382/n/n27fb94382447

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