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きょうの小風景 (4) 蝋梅

自転車に乗ろうとガレージに行く。フッと傍に目をやると、鉢植えの蝋梅の木に新芽がついていた。枯れ枝でもうダメだからとガレージの端に放りっぱなしにしていた。捨てようかと思っていた矢先だからとても嬉しかった。

思い起こせば16年前、11月に入り食事が進まない主人に
「病院でみてもらったら?」
と勧めた。
すると普段なかなか医者に行かない主人だったが、今回は素直に従った。余程体調が悪かったのだろう。


大した事は無いと思っていた私に電話で
「一週間の検査入院になった」
と主人が告げた。その時も『この際しっかり検査してもらったらいい』と軽く思っていた。一週間経って主人から電話で
「退院するからタクシーで迎えに来て」
と頼まれた。そこで私はタクシーを呼んで、急いで病院に駆けつけた。しかしその直後に医者が
「レントゲンの写真に気になるところがあるので、退院はできません」と言われた。
退院が出来ると身の回りの物を紙袋に詰めていた主人は、ガッカリした。


12月に改めて入院した主人は大部屋に移った。病室は華やかさがなくて寂しいが、花瓶を持っていくと主人は、病院生活が長くなると誤解するだろう。本人も、二週間位のつもりだったから、敢えて花を飾らずにおいた。


年末に担当の医師が、
「娘さんにも聞いてもらいたいので連絡しておいて下さい」と言った。事態は深刻なのか。先生の当直の夜に私と娘は呼ばれた。先生はレントゲンの写真を目の前に置いて言った。
「ガンが体中に広がっているので、このお正月は越せるけど、次の正月は無いと思ってください」
娘と私は目を見合わせ、思わず目の前が暗くなった。二人は事の深刻さを覚悟した。
「1月から個室に入ってもらいます」
と医師の言葉に、これは大変な事だと実感した。


個室に移った主人はベットに横たわって新春の空を眺めていた。
「そろそろ蝋梅の季節やなぁー」
とぽつりと言った。
私は見た記憶がないが、主人はどこかで見ていたのだろう。
めったに欲しいものを口にしない主人の言葉を聞いて、蝋梅を買ってきてあげたいとおもった。部屋におけば心ゆくまで眺められるだろう。それに、これでさみしい病室に花を飾るきっかけもできた。花屋さんで蝋梅の枝を買おうと、色々探し回ったが無かった。

仕方なく水仙の花を買ってきて、花瓶に挿した。
「春になったら、桜を見に行こう」と私が言うと
「この前行った背割堤の桜は綺麗やったなぁー」
と答えて、又行きたいとは言わなかった。
そして2月初旬に、主人は亡くなった。
私には蝋梅の花が宿題のように、心に残った。

数年後北野天満宮の植木市で見つけた。
背丈程の蝋梅の木に
「持ってかえれるかなぁー」と言うと植木屋さんが
「半分に切った方が植木にはいい」
と言って半分に切ってくれた。
それをバスに乗って持って帰ってきた。
主人の仏壇から見える位置に置きたくて、大きな鉢に植えた。仏壇が見える窓の外に置いてみたが、やっぱり大きすぎるので、40センチ位に切った。


しばらくすると葉が付き、数個の花が咲いた。しかし年々花がつかなくなり、葉も貧弱な感じになってきた。そしてとうとう枯れ木状態になった。これでは諦めるしかないと、ガレージの端に置いた。冬のわずかな時間の日差しと雨の当たらない場所で、捨てられる寸前の蝋梅の木だ。
それが健気(けなげ)にも黄緑の新芽を付けて、生き返っていた。

これでまだまだ主人との思い出の蝋梅と共に生きていけると実感した私だった。

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推敲する前の文章も面白いから掲載したらと家族に言われたので試しに載せてみようと思う。恥ずかしいので限定公開にしている。

##### 推敲前の草稿 #####

蝋梅(ろうばい)の木

庭の鉢植えの蝋梅の木に新芽がついた。枯れ枝でもうダメだから、捨てようかと思って放っていた矢先だから、とても嬉しかった。思い起こせば16年前、12月に入院した主人は大部屋だった。花瓶を持っていくと、長患いと誤解される。本人も、二週間位のつもりだった。

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