お父さんのバレンタイン
「今年からもうお父さんの分はないみたい」
帰宅してすぐ、ネクタイを緩めることも忘れてそわそわとテーブルに視線を巡らせていた僕に妻が困ったように言う。
「・・・え?」
固まってブリキのおもちゃのようにぎこちなく妻を振り返った。
「私も一応確認はしたんだけど・・・」
なぜか申し訳なさそうな妻を見て、受けた衝撃を隠してさも当然というように表情を取り繕う。
「そうか。もうそういう年頃かもしれないな」
妻に返した声はいつもより小さくなった。
娘も「お年頃」と呼ばれる時期を迎え、最近父親である僕に冷たくなったことには薄々気が付いてはいた。
それは彼女の成長の印で、いつか来る未来だと知っていたし、納得もしていたけれど、実際に直面するとやはり寂しい。
並んで歩くときに差し出される小さな手も、嵐のような夜泣きに困らされた日々も、眠ると少し重たくなる身体も、いつまでもあどけない寝顔も。
「とーたん、だいすき!」
そう言って満面の笑みで僕の腕に抱かれていたことも昨日のことのように思い出せるのに。
いつまでも小さな子どものように思っているのは親だけで、そんな僕たちを置いてけぼりにするように彼女はものすごいスピードで成長している。
仕事に行く僕を玄関で泣きながら見送ってくれた、僕たちがいないと何もできなかった小さな娘はもういないのだ。
昔も今も可愛い子どもであることには変わりないし、親として彼女の成長を何よりも幸せに思うけれど、そんなに早く大人にならないでもう少しゆっくり成長してほしいような気もしてしまう。
それでも彼女は着々と大人になって、彼女だけの彼女なりの幸せな人生を歩むのだろう。
我が子の幸せは親として何よりの喜びだ。
気付かぬうちに娘は大きくなったのだなとしみじみと喜びと寂しさを噛みしめてふと忘れられない思い出が零れ落ちる。
「大きくなったらお父さんと結婚するって言ってたこともあったのにな」
「あなた、すごく喜んでたわね。娘ができたら絶対に言ってほしかったんだって」
妻が懐かしそうに目を細めて、そして嬉しそうに少し寂しそうに言う。
「本当にあっという間に大人になっちゃうのね」
「・・・まだ嫁にはやらんけど」
「それは気が早すぎるでしょ。まだ中学生になったばかりよ」
妻の呆れた声に、もう少しは一番傍で成長を見守る時間がありそうだと少し安心したところで、特大の爆弾が投下された。
「でもチョコレートは用意してたから気になる子はいるのかもね」
「・・・え?」
やっぱり僕は娘の成長をまだ喜びきれないかもしれない。
こちらはxuさんとゆっずうっずさんのコラボ企画「あなたの温度に触れていたくて」に参加させていただくものです。
ゆっずうっずさんのピアノがしっとり素敵な曲だったので、そういう大人の愛のお話を書くはずだったのですが、書き始めたらこうなりました。
なぜなのかは自分でもわかりません。おかしいなとは思っています。
いつかあの曲に合わせたお話も書いてみたいものです。
素敵な企画に参加させていただきありがとうございました!