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今年はまだサンタじゃないから

今日はクリスマスイブ。
街は浮かれ、電飾が光り輝き、どこを見ても全身から幸福が迸る人々が大事な人と並んで歩いている。
というのに、俺は黒髪のショートカットを揺らしながら自作の歌を歌う変な美人と並んで座っている。


「わたしのところにはサンタが来ない〜。今年もきっと来ない〜。」

「恥ずかしくないんですか。そんな大きな声で変な歌。」

「誰もいないのに恥ずかしいも何もないわよ。そんなことより、こんな世の中ハッピーで溢れてる日になんでこんな時間になっても働いてなくちゃいけないのかって方が大問題。」

「・・・俺は人数にカウントされないんすね。」


言っても無駄かとため息混じりに呟く。
先輩と2人で取り残されたオフィスは、自分たちの頭上の蛍光灯だけが煌々と光っている。
決して狭くはないフロアは、ほんの2時間前までは人で溢れていたのに今は静まり返って、外から華やいだ人たちの声すら聞こえてきそうだ。

少しでも早く帰りたいとお互いのことは見向きもせずにパソコンに齧り付いて、ものすごい勢いでキーボードを叩きながら何のためにもならない会話を交わす。
黙々と働いた方がいいのかもしれないが、黙っていたら、世の中が幸せで溢れる日の夕方、終業間際に課長からの肩叩きで残業が確定した自らの境遇に発狂しそうだ。


「ていうか、クリスマスに仕事じゃなかったら充実してたんですか?」

「してたに決まってるじゃん。ケーキ買って、ワイン買って、オードブル買って、そんで家で呑むのよ。明日休みだし、なんの憂いもなく酔えていいでしょ。」

「彼氏さんとすか。」

「ひとりでですけど、それがなにか!」

「何もないですけど。」

「けど何よ。言いたいことがあるなら曖昧に濁さないでハッキリ言いなさいっていつも言ってるでしょ。」

入社してすぐの頃から、指導係として手取り足取り世話をしてくれた先輩には今も頭が上がらない。
仕事の曖昧は確かに良くないが、人間関係には曖昧にしておいた方がいいこともあると、一応抵抗して口をつぐんでみたものの、隣から漂う沈黙のプレッシャーに、今回も、口から出た逆説の語尾を取り消すことは許されないことを悟った。
覚悟を決めて一度飲み込んだ続きを吐き出す。

「・・・虚しくないのかなと思って。」

「ほんとにハッキリ言うなよ。」

言わせたくせにやっぱり語尾が強まった隣人を見ながら尋ねる。

「じゃあどうしたらいいんすか。」

「そんなんわたしに分かるわけないでしょ。」

「じゃあ誰にだったら分かるんだよ。」

理不尽な展開にツッコミから敬語が抜けたが、そんなことなど気にも留めずに先輩は続ける。

「課長もさ、君たちクリスマスにサービスしないといけない人いないでしょ?あとよろしく、とか言って!いたらどうしてくれるんじゃい!」

「いないってバレてるからこうなってるんじゃないですか。」

「バレてんのか。くそう。課長のデスクに虫のおもちゃ仕込んどいてやろうかな。」

課長が大の虫嫌いであることは周知の事実である。
報復としては恐ろしく効果的だが、しかし。

「そういうとこですよ。」

「どういうとこよ。あ、やっぱいい。分かりたくない。」

仕返しに虫のおもちゃを真っ先に思いつくあたり、見た目と年齢に反比例する形で彼女の内面は少年に近い。
そういうところがクリスマスにサービスする相手がいないという判断に繋がっているのだが。
聞きたくないのならもういいかと話題を変えた。

「家でひとりクリスマスも楽そうっちゃ楽そうですけどね。」

「めちゃくちゃ楽だし、楽しいよ。それに、この歳になると友達も家族がいたりして誘いにくいしさ。」

「なるほど。」

「アラサーになるとね、おひとりさまが心底楽しいって思えないと惨めな気分になるのよ。」

自分で言ってはみたものの、おひとりさまという単語にちょっと悲しくなってきたらしい。
心なしか肩の落ちた先輩に小さくため息をついて、デスクの中を探り、営業回りをしたときにお得意先からお土産にもらったチョコレートを差し出す。
突然すぎて気の利いたものは何も見当たらなかった。

「サンタが来ないなんて当日言われても困るんすよ。」

「え?いいの?あんたやっぱいいやつ!サンタになれるよ!」

先輩は、心なしかしょんぼりしていたのが嘘みたいに明るく笑って、椅子ごとこちらを向いたかと思うと俺の肩をバシバシと、だいぶ強めに引っ叩く。

「痛いんすけど。」

「あんたは何がほしいか言ってごらん?今は何もあげられる物ないけど!」

俺の文句は完全無視で、サンタは見返りを求めたりしないかーなどとでかい口を開けて上機嫌にケラケラと笑っている。
残念ながら俺はサンタじゃないし、目指してもいないから見返りは要求する。
クリスマスにおひとりさま満喫計画があるくらいには、先輩に男の影がないならば。


「じゃあ、先輩の下の名前を呼ぶ権利がほしいです。」


わざと先輩の方から視線を外して、パソコンを見つめたまま平坦な声で答えた。
視界の端で、笑った口をそのままに先輩が固まったのを捉える。
間抜けな顔だ。
ガサツで、年齢の割に落ち着きがなくて、残念な美人のこの人をなぜ好きになったのか、我ながら甚だ疑問なのだが。
でもしょうがない。
屈託ない笑顔が可愛くて、いざというときに俺より男前なところが格好良くて、ときどき疲れている背中は俺が守ってあげたいと思ってしまうのだから。


物じゃないからすぐもらえますねとダメ押しながらくるりと椅子を回して、今度は体ごと先輩の方を向く。
目を見開いてこちらを凝視している間抜け顔を正面から見据えて、笑いを堪えながら続けた。

「あと、来年のクリスマスの予約って取れますか。」

今から準備すればサンタもチョコレートよりはもう少しマシなものが用意できると思うんすけどと言うと、先輩は口をパクパクさせながら立ち上がろうとしてデスクに膝を強打した。
その痛みと衝撃に一瞬顔を歪ませると、我に返ったらしく、開きっぱなしだった口を閉じて動揺していたことを隠すように慌ててそっぽを向く。
そんな彼女の動きとともにさらりと揺れた黒髪が真っ赤になった彼女の耳元を隠した。




(「あ、あんた急に何言ってんの?バカじゃないの?」)

(こんな絵に描いたような動揺すらも可愛いと思う俺も大概末期なんだよなあ。)




こちらのお話は、PJさまの盛り上がりがすごすぎる企画に参加させていただくものです。

もうすぐクリスマスってことは、もうすぐ年末ってことで、忙しいってことだと思いながら、こういう楽しい後輩がいたら辛い職場でも生きていけるのに!!!と嘆いて書きました。(隣に座る後輩は可愛い女の子でそれはそれでよいのですけれども。)