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線香花火が落ちたなら

最初から夏の間だけの約束だから
いっそ夏が始まらなければとさえ思って

君と海に行くための水着も
君と向日葵を見るための麦藁帽子も
君と花火をするための浴衣も
全部ぜんぶ新調したのに
きっと出番は一度きり

優しい思い出を積み重ねても
いま火をつけた
線香花火が落ちたなら
私たちの夏は終わる



「俺、秋から東京の学校に転校するんだ。」

最初から夏の間だけの約束だった。
夏が終われば君はこの街からいなくなってしまうから、想いを遂げても切ないだけだと分かっていて、それでも伝えずにはいられなかった私の心は奇跡のように君に届いた。
君と会えなくなる秋が来るのが怖くて、いっそ始まらなければいいとさえ思った私たち二人の最初で最後の夏が始まった。


君との夏が始まるとき、君に見せる制服以外の姿は、少しでも可愛いものにしたいと思って、君にもそう思ってほしいと思っていろんなものを新調した。
君との夏のために君のことを想って選んだ物は、切なくて哀しくて愛おしい。
他の誰かのために着飾る時には使えない。君を思い出してしまうから。
だから、全部せんぶ新調したのに、きっと出番は一度きりだ。


君と海に行くための水着は、一人で買いに出かけた。
君が白色が好きだと聞いたから白の水着。恥ずかしくて冒険した形のものにはできなかったけど、すごく悩みながら選んだよ。
買ってはみたけど、やっぱり恥ずかしくて、いざ君の前に立ったら上着が脱げなかったなあ。
でも、雲が純白に見える空の青い日に、君と海ではしゃいだのは楽しかった。
夏の初め、私は始まったカウントダウンに気づかないふりをした。

君と向日葵を見に行くための帽子は、友人と出かけた雑貨屋さんで見つけたもの。
鍔の部分が広くて、リボンが太い麦藁帽。白いリボンに黒のストライプが可愛くてひとめぼれしたの。
私と同じくらい背の高い黄色に囲まれて、君と初めて手を繋いで歩いた。
嬉しくて、幸せで、照れ隠しに繋いだ手をぶんぶん振り回したっけ。
君は、何やってんだよって言いながら、笑ってくれたね。
この帽子を選んだ本当の理由はね、鍔が作る影がきっと幸せすぎて泣きそうな私の顔を隠してくれるから。
夏の半ば、私は終わりまでの数を数え始めた。

君と花火をするための浴衣は、妹と。
いつか君が育てていたと話してくれた朝顔の柄。朝顔と同じように、君の思い出のひとつに私が残ればいいと思って。
履きなれない下駄が私の足を傷つけても歩き続ける。
立ち止まっている時間がもったいなくて。
君と過ごす時間を1秒でも無駄にはしたくなくて。
でも君はすぐに気づいてしまう。
「足痛いなら終わりにしよっか?」
うつむいて黙ったままの私の目をのぞき込んで、君は言う。
「座って、線香花火でもしよっか。」
まだ終わりにしたくない、という私の気持ちを汲んで。
夏の終わりはもうすぐそこまで来ていた。


君と過ごした夏は楽しかった。
嬉しかった。
幸せだった。
けれども、今、二人、せーので火をつけた、この線香花火が落ちてしまったら。
私たちの夏は終わる。