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接客スキルは原宿で。

アパレル店員をやっていたおはなし

22歳のとき外国に約1年行っていて、帰国後私は真っ先にアパレル販売員の面接を受けまくった。日本の暮らしが久しぶりで、多分おしゃれな環境に身を置きたかったんだろうね。ブランドに詳しくないから自分が好きなもの、という訳ではなくてとにかく一気に何社も受けた。そのせいで「弊社ブランドのどんなところが好きですか?」という質問には完全しどろもどろで見事に落ちまくる始末。最終的に受かったのは面接中に滅茶苦茶長い説教をされたところと、新規ブランドのオープニングスタッフ。今、大人になってどちらを選ぶ?と聞かれたらお説教をしてくれたブランドかな。だってその長いお説教は私のことをすごく考えてくれての採用ってことでしょ。実際あのブランドへ行っていたら、私のアパレルLIFEはだいぶ変わっていただろう。そのブランドの人気は約20年経った今でも変わらないからだ。結局私は「オープニングスタッフ」というイケてる名目に誘われ、新規ブランドで働くことになった。3年も経たない内にブランド打ち切りでクローズすることも知らずに。

お金が全然貯まらない不思議な環境

本当にそのブランドが好きで、その店で働くのとブランドは好きじゃないけどその店で働く。当然好きで働いている方がいいだろう。なんで?今のアパレル業界がどんな制度か知らないが、当時、私が働いていたブランドは自分の制服は自社ブランドの服を自腹で購入しての接客が常識だった。お金を稼ぎに来ているのに、お金を払わなきゃいけないシステム。謎だよね~。でも、当時はその謎現象を受け入れちゃうから…謎だよね~。当然毎月の給料から数万円服代で引かれているわけです。社割があるけど、働いても働いても…ちっとも貯まらない!しかしですね、同じ会社でも人とブランドが変われば方針も変わるんです。アパレルを辞める直前に、メンズブランドに異動した私は衝撃を受けた。従業員、誰も服買ってな~い。今季の服、誰も着てな~い。身に付けてるのは一応自社ブランドの服らしいが半年前のとか、いや、これいつ買ったっけレベル…。嗚呼、こんな気軽でいいところあるんだ。私、完全働くブランド間違ったな。

接客スキルはめちゃめちゃ向上した

アパレル業界でプラスになったことは、人と話すスキルが上がったこと。最初は原宿の路面店だったのだが(その後渋谷パルコに異動)路面店って、本当にそのブランドが好きでないとなかなかお客さんは入店しない。人が多くて、人で溢れている原宿でも、1日の入店数が1桁とかザラだった。あまりにも少ない集客数なので、当然売り上げも「ゼロ」の日は日常茶飯事。しかし、お客さんが少ないからと言ってずっと売り上げがゼロでいい筈は無い。スタッフみんな、気付いたら少ない入店数でも売り上げるという高度な接客スキルを身に付けていくことになる。当時私が心がけていたことは、服の話しじゃなくてもお客さんと打ち解けること。打ち解けると何が欲しくてお店に入ったのか話してくれる。欲しいものが分かると明確な接客ができる。そして購入に繋がる。売り上げを確保するのは本当に大変だったけど、人と話すのが好きな私には向いていたのかもしれない。

過去の自分、グッジョブ。

こんなことを書くと、人と話すのが上手と思われそうだけど、全くそうではない。「過去に、そういう仕事をしてその時は一時的に多少スキルが上がったかもしれない」というだけの話し。私はその後アパレル販売員を辞め事務職のOLになり、その後結婚し退職してからは7年間も専業主婦をしていた。もうね、久しぶりに社会復帰した時は完全にキャリアというものはすっかり消え失せ、「は、はじめまして!」状態。だけど、昔にそういった接客業をして、良い経験が出来たのは事実。今、地域情報ライターとして取材を続けているがそんな過去の頑張りが、少しでも役に立てていれば、あのときの私「グッジョブ」と思うのである。



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