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ちょっと変だよ頼子さん。1

スマホが震えた。
見ると頼子さんからの電話だった。
クリスマスの頃に会ったばかりなのにどうしたんだろうと思いながら電話に出る。
「こんにちは頼子さん。どうしたんですか?」

僕が初めて頼子さんに会ったのはかれこれ3年前になるだろうか。
場所は京都市の北の端、宝ヶ池というところにある国立京都国際会館。
著名な国際会議や学会、シンポジウムなどが行われている場所だ。
因みに古い京都人は国際会議場と言う。
実はウルトラセブンに出てきたウルトラ警備隊の基地でもある。

なぜそこにいたのかといえば、国際会議に出席したわけでも、学会やシンポジウムに参加したわけでもなく、ましてやウルトラ警備隊員だったわけでもない。
単にコロナワクチンの大規模接種会場だったからなんだ。
そして僕も彼女も予約して注射を待つ身だった。
その会場に詰めかけているのは事前に時間指定の予約をした方ばかりで、30分単位の時間指定だから、その範囲であれば早い者勝ちとなる。
ある程度の時間待たされ、座る席も順々に移動させられ、注射の苦手な人には処刑台に刻一刻と近付いていく気分なんだろうな。
だけど注射は一瞬、注射後の経過を見るためにまたしばらく待たされて会場を後にした。

「ちょいと、お前さん」

お前さん? 時代劇? 江戸っ子かい? 寿司食いねぇ?
振り向くと僕をじっと見てるご婦人がいる。

「僕ですか?」

「そう、あなた」

「なにか御用ですか?」

「出口をご存知かしら?」

ああ、迷子か、子じゃないしな、迷婆。こんな言葉ないよな。徘徊?

「入口と出口は別ですから解かり難いですよね」

「そうなの。ご存知なら出口まで連れて行ってくださるかしら」

「お易い御用ですよ」

見ず知らずのご婦人と二人で連れ添って歩く。

「あなたはお車でいらしたの?」

「いえ地下鉄で来ましたよ」

「お帰りも地下鉄で?」

「そのつもりですが」

「では地下鉄の駅までご一緒していいかしら」

「奥さんも地下鉄で来られたんですか?」

「わたくしは独身です。それに宅はこの近くです」

「それは失礼しました。ではどうして地下鉄の駅まで?」

「この辺りは車で通ることはあっても歩くことはありません。その車も担当の者が連れて行ってくれますからなかなか道が覚えられませんの。ですから不案内なんです。駅まで行けば帰ることはできますから」

「分かりました。それでは駅までの道中、ご案内仕りましょう」

「なんですか、その時代劇じみた仰りようは」

最初がお前さんから始まってるからですよ。

「ハハハ」


その後、駅までの地下道を何気ない会話をしながら歩いた。
この辺りはそんなに変わりませんねぇとか、あそこの乗馬倶楽部は何度か行きましたよとか、あの角の喫茶店は何という名前でしたっけとか、ホントに他愛ない会話をしている間に駅の改札が見えてきた。

「あなた、これからすぐにお帰りになりますの?」

「この後は特に用事もありませんし、どこかに行くアテもありませんから」

「お時間はございまして?」

「一日暇ですよ」

「ではたかプリでコーヒーでもいかがかしら?」

「駅までお送りしたお礼ということでしたら無用に願います」

「わたくしがコーヒーを飲みたいのよ。お付き合いくださらない?」

「そういうことでしたらご一緒させていただきますが、お宅はお近くなんですよね。どなたかお待ちなのでは?」

「過去には亭主がいましたけど他界して何年も経っておりますし、子供たちもそれぞれ独立して実家になど寄りつきません。帰っても手伝いの者がいる程度ですよ」

そこまでは聞いてませんよ。

因みに『たかプリ』とは「ザ・プリンス京都宝ヶ池」といい、西武・プリンスホテルズワールドワイドが運営するプリンスホテルのひとつである。
古い京都人は宝ヶ池プリンスと言い、略して『たかプリ』。


「とにかく立ち話もなんですから、移動しましょうか」

「ホントに? 殿方と歩くのも久しぶりなのに、一緒にお茶もしていただけるのね」

「こんなしょぼくれたジジイでよければいつでもお供いたしますよ」

「適当なことは仰らないでください。間に受けてしまいますから」

「本心は言っちゃいけないルールでしたっけ?」

「わたくしこれでも危ない女だと自負しておりますのよ。そちらのご家庭は大丈夫なのかしら?」

お前さん発言から危ない人だとは認識していますよ。意味は違うかもしれませんけどね。

「僕は数年前に離婚していますから、今は独り身です。息子が一人おりますが、ご同様に独立しておりますから年に数回連絡を寄越す程度ですよ」

「あらそうなの? お気の毒ね」

あなたと一緒なんですけど?


なんだかんだでたかプリの喫茶室に辿り着いた。

「先ほどコーヒーが飲みたいと仰ってましたけどホントにコーヒーでよかったですか?」

「はい」

なぜに恥ずかしそうなんだ?

「ここはケーキも有名でしたよね。甘いものはお嫌いですか?」

「いいえ」

どうして照れてる?

「では召し上がりますか?」

「はい」

意味が分からん。

「どれにしますか?」

「お任せします」

「じゃあ、人気の高い順に二つお願いします」


これは後で聞いた話だけど、喫茶室で恥ずかしそうにしていたのは初々しさを表現したかったかららしい。
もう少し分かり易いと助かるんだけどなぁ頼子さん。
そしてこれが僕と頼子さんとの出会いだった。

つづく


■あとがき■
書いているとどんどん長くなったので適当なところで切って公開に踏み切りました。
年末にオデケケ、いや夜遊びしてた相方を題材にしたお話しです。創作物としてお読みください。つづくの先には少し危ないシーンも出てきます。本人曰く、危ない女らしいので。繰り返しますが創作物です。


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