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食べる (ショートエッセイ:#1)

食べるということを考える時、私はぼんやりと生死のことを考えてしまう。

昔ある本に、少女がきちんと並べられたお膳を前に、正座のまま微動だせず「食べるとは生きること。だから私は拒否する」という言葉があった。

私はその時に思ったのだ、私たちは毎日毎日、生きるか死ぬかの選択を迫られ、それに対して一つの答えを出していたのだったと。
私は当たり前のように生きることを選択していた。しかし、そのことに浅ましさを感じ、自分が得体の知れないひどくおぞましく醜い存在に感じ、口の中が酸っぱくなったことがあった。

その本の主人公は、自分の意思で食べることを拒否し、当たり前だったはずの生への欲求を拒絶するという選択をした。わたしは、それを美しいと思ってしまった。この醜い体と心とは違った気高い存在。わたしは、なんとゴミムシのような存在なのだろう。食べ物をバクバクと貪っていくだけの……

ふと思い立ち、1日ごはんを抜いてみた。
その日の夜、私は頭は、グワーンと揺れ、食べ物を見るたびに口の中に唾が広がった。あれを、あのご飯を、ラーメンを、パスタを、チョコを、梅干しでもいい、なんでもいい、今すぐに口に入れ、しょっぱい、甘い、酸っぱい、とにかく味を口いっぱいに染み渡るように広げ、咀嚼をたのしみ、お腹をいっぱいにする幸せを味わいたい。
そう、わたしは、シンプルにご飯を欲した。
私の体の生き汚さに吐き気がした。空っぽの内臓からなにがしかが戻ってくるような、嫌悪、皮膚の下を虫が這い回るような不快感。自分という体を脱ぎ捨ててしまいたい、そんな気持ちになる。

しかし、それと同時に一つだけ思ったことがあった。

私という存在は、醜かろうが汚かろうが、こんなにも生きたいという意思に満ちているのだなと。それは、私が私を見つめる初めての経験。口の端を曲げ、誰に言うともなく「しかないねえ」と密かに笑った。

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