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危機管理INSIGHTS Vol.3:外国公務員贈賄規制の勘所③-2021年5月の外国公務員贈賄防止指針改訂とスモール・ファシリテーション・ペイメント-

1. はじめに

2021年5月、経済産業省は「外国公務員贈賄防止指針」(以下「本指針」といいます。)の改訂版を公表しました。改訂に至る経緯についてはVol.1、本指針内の「外国公務員贈賄防止体制」についてはVol.2をご参照ください。

本指針に関するパブリック・コメントのウェブサイトに2017年9月改訂版と2021年3月改訂案との新旧対照表が掲載されていますが、最新の改訂内容は経済協力開発機構(OECD)の第4次対日審査報告書の勧告に対応する改訂から形式面の微修正まで多岐にわたります。

【関連リンク】
「外国公務員贈賄防止指針(改訂案)」の新旧対照表

今回は、OECDの勧告に対応するための改訂のうち、企業のご担当者にとって特に重要なポイントである「スモール・ファシリテーション・ペイメント」(Small Facilitation Payments。本指針では「SFP」と略されており、後述の引用箇所では「SFP」との略語が使用されている部分もありますが、本稿では読みやすさを重視してカタカナで表記します。)について解説します。

なお、OECDの勧告内容とそれを受けた本指針の改訂箇所については分量が多いため、本稿末尾に【参考】という形でまとめました。ご興味のある方はそちらをご参照ください。

2. スモール・ファシリテーション・ペイメントに関する議論

(1)スモール・ファシリテーション・ペイメントとは?

本指針13頁脚注38では、スモール・ファシリテーション・ペイメントにつき、「一義的な定義があるものではないが、例えば、通常の行政サービスに係る手続の円滑化のための少額の支払いとされることがある」と説明されています。また、同脚注にてアメリカのFCPA(Foreign Corrupt Practices Act、米国海外腐敗行為防止法)に関し、「わが国とは異なり、外国公務員等による裁量のない決まりきった業務(routine governmental action)に関して行われる円滑化のための支払いが法律上除外とされているが、当該支払いに該当するか否かは金額ではなく、個々の支払い行為の『目的』等の実質的な要素に基づき判断される」と説明されています。

公務員に対する「円滑化のための支払い」と聞いて、具体的なイメージを持つことはできるでしょうか?日本で暮らしていると、なかなかイメージが湧かないかもしれません。

アメリカの司法省(Department of Justice(DOJ)および証券取引委員会(Securities and Exchange Commission(SEC))がFCPAの解釈等を示した「A Resource Guide to the U.S. Foreign Corrupt Practices Act」(以下「FCPAリソースガイド」といいます。)27頁では、「円滑化のための支払い」(facilitating or expediting payments)に関し、以下のような仮想事例を用いた設例が掲載されています。この設例を検討することで、具体的なイメージが持つことができると思います。

Hypothetical: Facilitating Payments
   Company A is a large multinational mining company with operations in Foreign Country, where it recently identified a significant new ore deposit. It has ready buyers for the new ore but has limited capacity to get it to market. In order to increase the size and speed of its ore export, Company A will need to build a new road from its facility to the port that can accommodate larger trucks. Company A retains an agent in Foreign Country to assist it in obtaining the required permits, a significant new ore deposit. It has ready buyers for the new ore but has limited capacity to get it to market. In order to A few months later, the agent tells the vice president that he has run into a problem obtaining a necessary environmental permit. It turns out that the planned road construction would adversely impact an environmentally sensitive and protected local wetland. While the problem could be overcome by rerouting the road, such rerouting would cost Company A $1 million more and would slow down construction by six months. It would also increase the transit time for the ore and reduce the number of monthly shipments. The agent tells the vice president that he is good friends with the director of Foreign Country’s accommodate larger trucks. Company A retains an agent in Foreign Country to assist it in  obtaining the required permits, including an environmental permit, to build the road. The agent informs Company A’s vice president for international operations that he plans to make a one-time small cash payment to a clerk in the relevant government office to ensure that the clerk files and stamps the permit applications expeditiously, as the agent has experienced delays of three months when he has not made this “grease” payment. The clerk has no discretion about whether to file and stamp the permit applications once the requisite filing fee has been paid. The vice president authorizes the payment.

   A few months later, the agent tells the vice president that he has run into a problem obtaining a necessary environmental permit. It turns out that the planned road construction would adversely impact an environmentally sensitive and protected local wetland. While the problem could be overcome by rerouting the road, such rerouting would cost Company A $1 million more and would slow down construction by six months. It would also increase the transit time for the ore and reduce the number of monthly shipments. The agent tells the vice president that he is good friends with the director of foreign Country’s Department of Natural Resources and that it would only take a modest cash payment to the director and the “problem would
go away.” The vice president authorizes the payment, and the agent makes it. After receiving the payment, the director issues the permit, and Company A constructs its new road through the wetlands.

(出典:A Resource Guide to the U.S. Foreign Corrupt Practices Act Second Edition, 27頁)

この仮想事例を要約すると、以下の経緯で、A社が「外国」のエージェントを通じて「外国」の役所の事務員と天然資源省局長に対して金銭を支払ったという事案です。

・「外国」で新鉱床を発見したA社が、鉱石輸出の規模とスピードを向上させるために、より大型のトラックが通行可能な自社施設から港までの新しい道路を建設する必要があった。

・A社が「外国」のエージェントに対し、「外国」の道路建設に必要な環境許認可の取得を依頼したところ、エージェントは、「担当の役所の事務員(必要な申請料が支払われた後、許可申請書を提出してスタンプを押すかどうかについて裁量権は持たない)が迅速に許可申請書を提出し、スタンプを押すようにするために、1回限りの少額の現金を支払う予定である」と伝え、A社副社長はその支払いを承認した。

 ・数カ月後、エージェントはA社副社長に対し、計画中の道路建設が地元の湿地帯に環境面で悪影響を及ぼすことが判明したため、道路建設に必要な環境許可の取得に問題が発生したと伝えた(道路を迂回させれば問題は解決するものの、迂回させるとA社は100万ドルのコストがかかり、工事は6カ月遅れ、鉱石の輸送時間が長くなり、毎月の出荷数も減少してしまう。)。

・エージェントはA社副社長に対し、「自分は『外国』の天然資源省局長と仲が良いので、天然資源省局長に少額の現金を支払うだけで問題は解決する」と伝え、A社副社長はその支払いを承認した。

・支払いを受けた天然資源省局長は許可証を発行し、A社は湿地帯を通る新しい道路を建設するに至った。

図

この事案で、事務員と天然資源省局長への金銭の支払いはFCPA違反になるのでしょうか?

FCPAリソースガイドでは、事務員への支払いについては、ルーティーンの裁量権のない政府サービスに対する1回限りの少額の支払いであるため、facilitating paymentとしてFCPAの贈賄禁止条項の例外に該当するが、他国の法令等の違反となる可能性や支払いが正確に帳簿に記録されていない場合にFCPAの会計・内部統制条項違反となる可能性があると記載されています。

他方、天然資源省局長への支払いについては、承諾を不正に取得するよう外国公務員に汚職の意図で影響を与えるべく支払われているため、明確にFCPA違反となると記載されています。

この仮想事例における事務員への支払いを「少額の円滑化のための支払い=スモール・ファシリテーション・ペイメント」の典型事例と考えると、具体的なイメージを持ちやすいと思います。

(2)ファシリテーション・ペイメントの取扱い

もっとも、上記の仮想事例を見て、「アメリカではスモール・ファシリテーション・ペイメントはFCPA違反にならない」と安易に考えてしまうのは危険です。

すなわち、FCPAリソースガイドでは、「”facilitating or expediting payments” made in furtherance of routine governmental action」が贈賄禁止条項の例外として定められているものの、その例外の範囲は狭く限定的なものとして解説されています。また、当該支払いに該当するか否かは金額ではなく、個々の支払い行為の「目的」等の実質的な要素に基づき判断されるとされています(本指針13頁脚注38参照)。

また、ファシリテーション・ペイメントを例外的に許容するという規定をそもそも置いていない(それゆえ、スモール・ファシリテーション・ペイメントだとしても贈賄として処罰され得る)国も多数存在します。

例えば、本指針13頁脚注38にてイギリスのBribery Act(UKBA)に関し、「英国検察当局が発行するガイダンス(”Bribery Act 2010: Joint Prosecution Guidance of The Director of the Serious Fraud Office and The Director of Public Prosecutions”)で、ファシリテーション・ペイメント(FP)に関して訴追するか否かの検察当局の考慮要素が示されているものの、わが国と同様、ファシリテーション・ペイメント(FP)に関する条文上の例外規定は存在しない」と説明されています。

(3)スモール・ファシリテーション・ペイメントに関するOECD勧告の主旨

第4次審査報告書の勧告5(1)では、国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約(外国公務員贈賄防止条約)の「コメンタリー9と整合するようスモール・ファシリテーション・ペイメントの定義と範囲を明確にすること」を求めている反面、当該コメンタリー9(Commentaries on the Convention on Combating Bribery of Foreign Public Officials in International Business Transactionsの9項)には、スモール・ファシリテーション・ペイメントの定義は置かれていません。

【関連リンク】
OECD「Commentaries on the Convention on Combating Bribery of Foreign Public Officials in International Business Transactions

経済産業省経済産業政策局知的財産政策室は、パブリック・コメントに対する考え方として、この勧告の主旨は「SFPの支払禁止を企業に慫慂すること」にあるとの見解を示した上で、「今次改訂では、SFPであっても『営業上の不正の利益を得るための利益供与』に該当し得るとの我が国の法解釈を示した上で、社内規定の策定の箇所にSFPを原則禁止とする旨社内規定に明記することが望ましい旨記載することとしました。」と回答しています。

【関連リンク】
経済産業省経済産業政策局知的財産政策室「「外国公務員贈賄防止に関する研究会 報告書(案)」、「外国公務員贈賄防止指針(改訂案)」、及び「外国公務員贈賄防止指針のてびき(案)」に対する意見公募の結果について」

(4)企業としての留意点

1998年の策定当初の本指針では、スモール・ファシリテーション・ペイメントに関し、「条約の趣旨を踏まえ、不正競争防止法上も、これらの支払いは『営業上の不正な利益を得るため』のものに該当しないと解される」と記載されていましたが、2015年7月改訂でこの箇所は全て削除され、2021年5月改訂で企業がスモール・ファシリテーション・ペイメントを「原則禁止とする旨社内規定に明記することが望ましい」と明記されるに至りました(本指針14頁)

企業としては、上記の改訂の流れを踏まえて、自社の贈賄防止に関する社内規程を見直し、必要なアップデートを行うことが望ましいと考えられます。特に、贈賄リスクの高い海外子会社の社内規程において、スモール・ファシリテーション・ペイメントが「原則禁止」と規定されているかを確認した上で、当該規程が適切に運用されているかを継続的にチェックする必要性が高いと言えます。

【参考Ⅰ】OECDの第4次審査報告書に係る勧告4および勧告5

勧告4
外国公務員贈賄罪について、WGBは日本に対して経済産業省の「外国公務員贈賄防止指針」を見直し、以下の点を明確にするよう勧告する。
(1) 外国公務員贈賄は「自己の」利益を得るためだけでなく、条約のコメンタリー6に沿って、「その他の自然人又は法人の」利益を得るために支払われる賄賂も含まれること、
(2)「企業への経済的な悪影響」が贈賄を正当化しえないことを確保するため、特定の事案において「不正の利益の要素」を否定する可能性がある強要の範囲や定義、
(3)条約のコメンタリー8への言及については、不正競争防止法との関連性を正確に記述し、またコメンタリー8を反映していること。

勧告5
スモール・ファシリテーション・ペイメントに関して、WGBは日本に対して以下を勧告する。
(1)条約のコメンタリー9と整合するようスモール・ファシリテーション・ペイメントの定義と範囲を明確にすること、
(2)企業に対して、それぞれの内部統制、倫理及びコンプライアンスに係るプログラム及び措置においてそうした支払いを禁止するよう奨励すること。

【参考Ⅱ】OECDの第4次審査報告書に係る勧告4及び勧告5に対応して本指針を改訂した箇所

※赤字部分が新設又は改訂箇所

タテ図

Author

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。

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