危機管理INSIGHTS Vol.2:外国公務員贈賄規制の勘所②-リスクベース・アプローチに基づく体制の整備・運用-
1. はじめに
外国公務員贈賄防止指針(以下「本指針」といいます。)の制定・改訂の経緯については、危機管理INSIGHTS Vol.1をご参照ください。
本指針は50頁にわたる詳細なもので、以下の4章立ての構成になっています。
今回は、このうち海外進出を考える企業にとって非常に重要な「企業における外国公務員贈賄防止体制」について解説します。
2. 外国公務員贈賄防止体制の全体像
本指針は、外国公務員贈賄防止体制を内部統制システムの1つとして位置づけた上で、体制の構築・運営にあたり留意すべき内容を例示しています。
そして、基本的な考え方として、体制の構築・運営にとって重要な3つの視点(①経営トップの姿勢・メッセージの重要性、②リスクベース・アプローチ、③贈賄リスクを踏まえた子会社における対応の必要性)を提示し、体制として望まれる6つの具体的内容(①基本方針の策定・公表、②社内規程の策定、③組織体制の整備、④社内における教育活動の実施、⑤監査等、⑥経営者等による見直し)を挙げています。
さらに、子会社の体制に対する親会社の支援や、賄賂を要求された場合などの有事対応についても説明しています。
第2章は特段複雑で難解なことを企業に求めているわけではなく、企業不祥事の予防のためのオーソドックスな考え方を贈賄防止の切り口で再構成しているものと考えられます。
例えば、経営トップの姿勢・メッセージが重要であるという視点は贈賄防止に限らず不祥事予防プラクティス全般に通ずるものであり、基本方針・社内規程や組織体制を整備した上で社内教育・監査・フォローアップを行っていくという流れはコンプライアンス業務全般に妥当する枠組みと言えるでしょう。
基本的な考え方のうち、「リスクベース・アプローチ」については、少し補足説明が必要かと思いますので、以下で解説します。
3. リスクベース・アプローチに基づく体制整備
(1)リスクベース・アプローチ(risk-based approach)とは?
「リスクベース・アプローチ」とは、一般に、リスクを特定・評価し、評価されたリスクに応じた措置を講じる考え方をいいます。
本指針8頁ではリスクベース・アプローチに関し、「贈賄リスクが高い事業部門・拠点や業務行為については、高リスク行為に対する承認ルールの制定・実施、従業員に対する教育活動や内部監査といった対策を重点的に実施してリスク低減を図り、他方、リスクが低い事業部門等については、より簡素化された措置が許容される」と説明しています。
贈賄防止の文脈でもう少し具体的なイメージを持つためには、アメリカの司法省(Department of Justice(DOJ))および証券取引委員会(Securities and Exchange Commission(SEC))がFCPA(Foreign Corrupt Practices Act、米国海外腐敗行為防止法)の解釈等を示した「A Resource Guide to the U.S. Foreign Corrupt Practices Act」(以下「FCPAリソースガイド」といいます。)が有用です。
FCPAリソースガイド60頁のRisk Assessmentの箇所では、“One-size-fits-all compliance programs are generally ill-conceived and ineffective because resources inevitably are spread too thin, with too much focus on low-risk markets and transactions to the detriment of high-risk areas.”と述べ、杓子定規に一律のコンプライアンス・プログラムをあらゆる場合に適用してしまうと、低リスクの領域に過大な経営資源が投下される反面、高リスクの領域に十分な資源が投下されないという思慮浅薄で非効率な帰結になってしまう危険性を看破していますが、これはまさにリスクベース・アプローチの必要性を端的に示すものと読むことができます。
また、”When assessing a company’s compliance program, DOJ and SEC take into account whether and to what degree a company analyzes and addresses the particular risks it faces.”と述べ、DOJやSECが企業のコンプライアンス・プログラムを評価するに際しては、企業が直面する特定のリスクにつき分析・対応しているか否か、およびその程度を考慮することを明言しています。
具体的には、“DOJ and SEC will give meaningful credit to a company that implements in good faith a comprehensive, risk-based compliance program, even if that program does not prevent an infraction in a low risk area because greater attention and resources had been devoted to a higher risk area. Conversely, a company that fails to prevent an FCPA violation on an economically significant, high-risk transaction because it failed to perform a level of due diligence commensurate with the size and risk of the transaction is likely to receive reduced credit based on the quality and effectiveness of its compliance program.”と述べ、リスクベース・アプローチを誠実に実行していた企業はたとえ低リスクの領域でのFCPA違反を防げなかったとしても相応の評価を与える反面、取引規模やリスクに見合ったレベルのデュー・ディリジェンス(DD)を実施しなかったためにFCPA違反を防止できなかった企業はコンプライアンス・プログラムのクオリティや実効性に基づき低評価となる可能性が示唆されています。
要するに、リスクに応じてメリハリをつけた経営資源の配分を行うことが、贈賄防止体制の構築におけるポイントであり、このリスクベース・アプローチを、社内規程の策定、子会社の体制整備、M&Aの際のDDなどさまざまな場面に適用していくことが重要となります。
(2)贈賄リスクの評価
本指針8~9頁では、贈賄リスクの高低につき、①進出国、②事業分野、③行為類型に着目して総合勘案して判断することが基本とされております。
そして、①進出国、②事業分野、③行為類型に関し、贈賄リスクが高いものとして、以下の整理がなされています。
このうち、①進出国については、Vol.1でご紹介したTransparency Internationalによる腐敗認識指数や、世界銀行グループが毎年発行しているDoing Business Report等を用いて、国別の贈賄リスクの評価を行うことが想定されます。
(3)リスクに応じた措置
リスクを特定・評価した後、その評価に基づき、さまざまな場面でリスクに応じた措置を講じることになります。リスクに応じた措置としては、例えば、以下のような場面が想定されます。
第1に、社内規程において、高リスク行為ほど重層的な手続にしたり、高リスクの国における取引に詳細な事前調査を求めたりする旨を定めることが考えられます。
例えば、本指針12頁では、「外国公務員等との会食や視察のための旅費負担といった外国公務員等に対する利益の供与と解される可能性がある行為」については、行為類型毎の承認要件・承認手続・記録・事後検証手続を定めた社内規程を策定し、その中で当該行為のリスクに応じてより上位の者が決裁を行うような手続を定めることが提唱されています。
第2に、贈賄防止体制の構築・運用を推進する子会社の範囲・内容をリスクベースで精査することが考えられます。
贈賄リスクの高い国の子会社については当然相応の贈賄防止体制を構築する必要性が高いというのは当然ですが、本指針17頁では「現在及び将来の企業価値のみならず、贈賄リスクの多寡や事業の性格を踏まえて重要と言える子会社」および「プロジェクトの進行過程の要所で親会社が承認を行うなど実質的関与を行う場合における当該プロジェクトを担当する子会社」について、特に贈賄防止体制の構築が望ましいと述べています。
第3に、贈賄リスクに応じた内部通報・相談窓口の仕組みを整備することが考えられます。
例えば、本指針14頁脚注41では「リスクの高低に応じて、外国公務員贈賄に特化した相談窓口を設置することが考えられる一方で、既存の社内相談窓口(法務部や内部監査部門等が相談を受ける窓口)を活用する事例も見られる」と記載されています。
例えば、グローバルでのグループ内部通報制度の一環として、贈賄リスクの高い新興国の子会社・関連会社向けに贈賄に特化した通報・相談窓口をグループ本社に設置し、いち早く本社が情報を取得できるようにすることが考えられます。
第4に、贈賄リスクの高い他企業に対してM&A(合併および買収)を行う場合に、特に詳細なDDを行うことが考えられます。
その上で、本指針19頁では、贈賄リスクの高い他企業を買収する場合には買収前DDの結果、買収先企業に贈賄リスクが認められる場合には買収の見送りを含め、買収案件の見直し、買収後の経営統合作業(PMI)スケジュールの見直しなどを検討することが留意点として記載されています。
4. まとめ
外国公務員贈賄防止体制をいざ構築しようとすると、進出先の国の情勢や法規制の調査から社内規程の整備や社内教育まで、要検討事項・要対応事項は多岐にわたります。
限られた経営資源でグローバルでの贈賄リスク対応という難題に挑む上で重要なのは、本稿で大きく取り扱ったリスクベース・アプローチを使いこなし、贈賄リスクの高い箇所に重点的に経営資源を投入することです。
そして、そのためには常に適切なリスク評価ができるよう、法規制や各国の情勢に関し情報のアップデートを怠らないことが肝要です。
次回は、本指針の最新改訂のポイントについて解説していきます。
Author
弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。