見出し画像

ポイント解説・金商法 #12:企業・株主間のガバナンスに関する合意、企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意、財務上の特約の開示(2023年12月22日付企業内容等の開示に関する内閣府令の改正)


1. 企業内容等開示府令の改正概要

2022年6月に公表された「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告」(DWG報告)において、①「企業・株主間のガバナンスに関する合意」、②「企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意」および③「ローン契約と社債に付される財務上の特約」が締結されている場合、以下の<開示対象となる要素>を含む各合意については「重要な契約」として適切な開示を促すことが考えられるとの提言がなされたこと(提言の内容は、「ポイント解説・金商法 #4」をご参照下さい。)を踏まえ、「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正案が2023年6月30日から同年8月10日にかけてパブリックコメントに付されていましたが、同年12月22日に、その結果が公表されました(*1)。

(*1)金融庁:「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正案に対するパブリックコメントの結果等について

具体的には、上記①~③のいずれも有価証券報告書等において「重要な契約等」として開示すること(他の箇所に記載した場合にはその旨を記載することで他の箇所に記載した内容を省略することが可能)が義務付けられることとなりました(なお、本改正とは別に、①および②については、契約の締結又は変更が臨時報告書の提出事由に追加される旨の改正案も公表されています(*2)。また、③については、有価証券報告書提出会社又はその連結子会社が新規にローン契約を締結又は社債を発行した場合(既存契約又は既存社債に新たに財務上の特約を付した場合を含む。)とその変更又は特約事由の発生した場合、臨時報告書の提出事由とされることにもなりました。

(*2)金融庁:令和5年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等の公表について

本改正により義務付けられる開示の概要は以下のとおりです。

(有価証券報告書等の「重要な契約等」として開示)
① 企業・株主間のガバナンスに関する合意
・有価証券報告書等の提出会社(提出会社が持株会社の場合には、その子    会社含む。)が、提出会社の株主(完全親会社を除く。)との間で、以下のガバナンスに影響を及ぼし得る合意を含む契約(重要性の乏しいものを除く。)を締結している場合、当該契約の概要や合意の目的及びガバナンスへの影響等
 (a)役員候補者指名権の合意
 (b)議決権行使内容を拘束する合意
 (c)事前承諾事項等に関する合意

② 企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意
・有価証券報告書等の提出会社が、提出会社の株主(大量保有報告書を提出した株主)との間で、以下の株主保有株式の処分等に関する合意を含む契約(重要性の乏しいものを除く。)を締結している場合、当該契約の概要や合意の目的等
 (a)保有株式の譲渡等の禁止・制限の合意
 (b)保有株式の買増しの禁止に関する合意
 (c)株式の保有比率の維持の合意
 (d)契約解消時の保有株式の提出会社又はその指定する者への売渡請求の合意

③ ローン契約と社債に付される財務上の特約
 (a)以下の事項につき、臨時報告書の提出として追加すること
・有価証券報告書等の提出会社が、財務上の特約の付されたローン契約    の締結又は社債の発行をした場合(既存契約又は既発行社債に新たに財務上の特約が付される場合も含む。)であって、その元本又は発行額の総額が連結純資産額の10%以上の場合には、契約の概要(契約の相手方の属性、元本総額及び担保の内容等)や財務上の特約の内容を記載

・上記の財務上の特約に変更があった場合(事由又は事由発生時の効果に照らして軽微なものを除く。)や財務上の特約に抵触した場合、財務上の特約の変更内容や抵触事由等を記載
※契約の終了又は社債償還時の臨時報告書の提出は不要
 
 (b)有価証券報告書等の「重要な契約等」として開示
・有価証券報告書等の提出会社が、財務上の特約その他当該提出会社の財政状態、経営成績キャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす可能性のある特約の付されたローン契約の締結又は社債の発行をしている場合であって、その残高が連結純資産額の10%以上である場合には(同種の契約・社債はその負債の額を合算する)、当該契約又は社債の概要及び財務上の特約の内容
※有価証券報告書等は、臨時報告書の提出事由より、太字部分について開示範囲が広いことに注意

2. パブリックコメント回答のポイント

本改正のパブリックコメントは、延べ140件もあるため、特に関心が高いと思われそうなものを中心に簡潔に解説します。

(1)開示対象

開示対象となる「合意」とは、口頭か書面によるかを問いませんが、法的拘束力のある内容に限られますので、通知・協議義務は開示対象にはなりませんが、実質的には役員指名権や事前承諾権の付与に該当する場合には開示対象となりますし、上場子会社の社内規程として親会社に承認を求める規定がある場合でも有価証券報告書提出会社に義務を課すものでなければ開示対象には該当しません(パブリックコメント回答2頁6番、7番)。なお、親子会社間の契約は、子会社が有価証券報告書提出会社である場合に限り、子会社において開示することとなります。

また、「提出会社の株主」とは、株主名簿上の株主を意味することとされていますが、実質株主との間で合意を締結し、当該株主が実質株主であることを提出会社が把握している場合には、これを任意に開示することが望ましいとされています(パブリックコメント回答3頁9番)。

なお、①企業・株主間のガバナンスに関する合意と②企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意については、パブリックコメントを踏まえて「重要性の乏しいもの」を開示対象から除くように修正され、提出会社のガバナンスや支配権、市場等に与える影響を踏まえ、個別事案ごとに実態に即して判断されるべきとされていますが、合意の相手方以外の株主が特定かつ少数で、かつ全株主が合意の内容を把握しているなど、少数株主保護の必要性が乏しいものや、事前承諾の対象となる行為が一部に限定されているものなど、ガバナンスに対する影響が限定的であるものについては、「重要性の乏しいもの」に該当するものと考えられると例示されています(パブリックコメント回答4頁13番)。②企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意については、本改正と合わせて行われた、企業内容等開示ガイドライン5-17-6において、「重要性の乏しいもの」が一定程度例示されています。

(2)開示の内容

契約・合意の内容や取締役会における検討状況、財務上の特約の内容等の開示事項については、投資判断に対する重要性に応じて、投資者の利益を損なわない程度に要約して記載することも考えられるとされていますが、投資者の投資判断や、投資家との建設的な対話に資する具体的な開示内容となるように適切に検討頂くことが期待されますとされています(パブリックコメント回答6頁18番)。

また、守秘性の高い情報や契約・合意における秘密保持義務と開示義務との関係については、本改正により開示すべき情報は「契約の概要」であり守秘性の高い情報を含め、その内容を詳細に開示することまで求めるものではないとされており(パブリックコメント回答7頁21番前段)、法令上の開示要請は当事者間の合意による秘密保持義務に優先することから秘密保持条項の規定があるとしても、法令の定めに基づき契約内容を開示することは秘密保持義務違反には該当しないとされています(パブリックコメント回答7頁21番後段、8頁22番)。

(3)各項目に関する事項

① 企業・株主間のガバナンスに関する合意
DWG報告においては、「候補者を指名又は推奨する権利」が開示対象となりうる旨の取りまとめがされていましたが、本改正は、法的拘束力を有する合意が対象であるところ、推薦は提出会社の判断を拘束するものではないため、開示対象から外すこととされましたが、実質的に「指名」に該当するといえる場合には開示対象となります(パブリックコメント回答10頁27番)。また、役員の選任が株主との事前協議事項にとどまる場合も開示対象とはならないものの、提出会社に株主の提案を拒否することが予定されていないなどの事情がある場合には、実質的な指名権として開示対象となり得、社内規程についても法的拘束力を有するものであれば開示対象となります(パブリックコメント回答11頁29番)。

② 企業・株主間の株主保有株式の処分・買増し等に関する合意
本合意は、大量保有報告書を提出した者との合意が開示対象となるところ、この大量保有報告書を提出した者とは、共同保有者を含めて5%超で判定され、合意が一部の者であっても開示対象となりますが、合意を締結していない共同保有者については契約の相手方として開示する必要はありません(パブリックコメント回答18頁48番)。

③ ローン契約と社債に付される財務上の特約
「財務上の特約」とは、提出会社又は連結子会社の財務指標があらかじめ定めた基準を維持することができない事由が生じたことを条件として、当該提出会社又は当該連結子会社が期限の利益を喪失する旨の特約とされています(企業内容等開示府令19条2項12号の2、20号)。これには、相手方の通知や請求により期限の利益が喪失する場合も含まれます(パブリックコメント回答27頁68番)。なお、財務指標の維持を目的とするものではない、配当制限・担保提供制限やレポーティング・コベナンツ、投資制限条項は含まれません(パブリックコメント回答28頁72番、29頁75番)。

なお、財務上の特約の付された金銭消費貸借契約には、特定融資枠契約に関する法律第2条第1項に規定する特定融資枠契約(いわゆるコミットメントライン契約)は含まれず(企業内容等開示ガイドライン5-17-2)、借入実行時において臨時報告書の提出が必要となります(パブリックコメント回答30頁80番)。当座貸越枠についても、借入実行時において臨時報告書の提出が必要となります(パブリックコメント回答30頁81番)。

有価証券報告書等は、臨時報告書の提出事由と比較して、その他当該提出会社の財政状態、経営成績キャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす可能性のある特約も付されたローン契約又は社債についても開示対象となるところ、これについては、基準となる指標や抵触の際の効果、特約の定める事由が発生する蓋然性等を踏まえて、財政状態等に重要な影響を及ぼす可能性があるものを指すとされています(パブリックコメント回答25頁64番)。

3. 施行・適用時期

本改正は2023年12月22付で公布され、2024年4月1日から施行されます。また、企業内容等開示ガイドラインも改正され、2024年4月1日より適用されます。

なお、改正後の規定は、以下のとおり適用されます。

① 「重要な契約」の有価証券報告書等への記載(上記枠内③(a)以外)
2025年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から適用
※ただし、施行日前に締結された契約については、2026年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等までは省略可能

② 財務上の特約に係る臨時報告書の提出(上記枠内③(a))
2025年4月1日以後に提出される臨時報告書から適用
※ただし、財務上の特約に変更があった場合等に係る臨時報告書について、施行日前に締結された契約については、2026年4月1日以後に提出される臨時報告書までは省略可能


Author

弁護士 峯岸 健太郎(三浦法律事務所パートナー)
PROFILE:2001年一橋大学法学部卒業、2002年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、一種証券外務員資格。19年1月から現職。06年から07年にかけては金融庁総務企画局企業開示課(現 企画市場局企業開示課)に出向(専門官)し、金融商品取引法制の企画立案に従事。
『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『実務問答金商法』(商事法務、2022年〔共著〕)、『金融商品取引法コンメンタール1―定義・開示制度〔第2版〕』(商事法務、2018年〔共著〕)、『一問一答金融商品取引法〔改訂版〕』(商事法務、2008年〔共著〕)等、著書・論文多数。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?