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ポイント解説・金商法 #13:公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ報告【前編:公開買付制度のあり方について】

2023年12月25日、公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループの報告が公表されました。本noteは前編として、公開買付制度のあり方について、同報告の要点をまとめました(後編についてはポイント解説・金商法 #14をご参照ください。)。

提言において記載された内容は、後編も含めて、2024年通常国会に提出されるであろう金融商品取引法の改正案、改正の成立後の同法施行令・内閣府令・Q&A等の改正案により反映されることになるため、今後の改正動向については注視が必要であり、今後も、適時のタイミングで解説記事を配信する予定です。


1. 欧州型の規制への移行

欧州型の公開買付制度(*1)については、一般株主の保護に手厚い等制度のあり方として望ましいとの意見が多く見られる一方、健全なM&Aを阻害しないよう例外を柔軟に認めるための体制や関連制度の整備が必要との意見も見られたことから、直ちに欧州型の規制に移行すべきとの結論には至らなかったものの、将来的な移行の可能性は念頭に置きつつ、下記の各検討課題について個別に検討することとなりました。

*1 欧州諸国の公開買付制度においては、公開買付制度を、支配権異動の場面において少数株主が公平な価格で売却する機会を確保するための制度と位置付けた上で、①取引の類型によって公開買付けの要否を区分するのではなく、一定の閾値を超えた場合には原則として事後的に公開買付けの実施を義務付ける規制、②部分買付けの原則禁止、③最低価格規制が採用されています。

2. 市場内取引の取扱い

(1)3分の1ルールにおける取扱い

【現行制度】
市場内取引(立会内)は、原則として5%ルール(後述5. 参照)及び3分の1ルール(後述4. 参照)の適用対象にはなっていない。

【問題点】
近時は市場内取引(立会内)を通じて議決権の3分の1超を短期間のうちに取得する事例も見受けられ、そのような会社支配権に重大な影響を及ぼす取引について、投資判断に必要な情報・時間が一般株主に十分に与えられていない。

【提言】
市場内取引(立会内)についても3分の1ルールの適用対象とすべきである。

(2)閾値間の取引の取扱い

【現行制度】
すでに株券等所有割合が50%超である者が、3分の2に至らない範囲で市場外取引を通じて買付け等を行う場合は、多数の者(60日間で10名超)からの買付け等でない限り、3分の1ルールの適用対象外。
・すでに株券等所有割合が3分の1超である者が、50%超に至らない範囲で市場外取引を通じて買付け等を行う場合は、3分の1ルールの適用対象外とされていない。

【問題点】
上記の閾値間の取引については、会社支配権に一定の影響を及ぼし得る一方、僅少なものも含めあらゆる買付けについて公開買付けの実施を義務付けると、制度の目的に照らして過剰な規制となってしまう。

【提言】
市場内取引(立会内)を3分の1ルールの適用対象とする場合、上記のような閾値間の取引については、会社支配権への影響も考慮しつつ、制度の目的に照らして過剰な規制とならないようにすべきである。

(3)「急速な買付け等」の規制

【現行制度】
(A)3分の1ルールの対象外取引(新規発行取得、市場内取引(立会内)等)
(B)3分の1ルールの対象取引(市場外取引等)

(A)と(B)を区分し、①3か月以内に(B)の取引により5%超の株券等を取得するとともに、②(A)の取引と合計して10%超の株券等を取得することで3分の1超の株券等所有割合に至る場合公開買付けが必要。

【提言】
現行の「急速な買付け等」の規制においては、市場内取引(立会内)は(A)の取引と位置づけられているところ、今般、市場内取引(立会内)を3分の1ルールの適用対象とすることに伴い、市場内取引(立会内)を(B)の取引として整理することが適切である。

3. 強圧性の問題を巡る対応

【現行制度】
買付け等の後の株券等所有割合が3分の2以上となる場面を除き、部分買付け(上限を付した公開買付け)を実施することが許容されている。

【問題点】
・支配権取得後に対象会社の企業価値の減少が予測される場合に、一般株主において、企業価値の減少による不利益を回避するため、公開買付価格等に不満がある場合であっても公開買付けに応募するインセンティブが生じる(いわゆる「強圧性」の問題)。
・支配株主の異動により支配株主と一般株主との利益相反構造が生じ得る(または変動し得る)にもかかわらず、按分比例の決済となるため全ての応募株式の売却が担保されているものではなく、一般株主に十分な売却機会が与えられない。

【提言】
少なくとも部分買付けを実施する際には公開買付者(及び当該部分買付けに賛同する対象会社)が一般株主の理解を得るよう努める(*2)ことが望ましい。

また、全部買付け(上限を付さない公開買付け)についても、事例によっては、強圧性やこれと類似する問題が生じ得るため、公開買付けの成立後に追加応募期間を設けることを希望する公開買付者が任意にこれを設けることができるよう制度を整備することが適切である。

*2 具体的には、公開買付届出書における開示の規律を強化し、部分買付け後に生じる少数株主との利益相反構造に対する対応策や一般株主から反対があった場合の対応策についての説明責任を果たさせる措置などが考えられる。

4. 3分の1ルールの閾値

【現行制度】
買付け等の後の株券等所有割合が「3分の1」を超えるような場合には、著しく少数の者からの買付け等であっても公開買付けによることが義務付けられる(いわゆる「3分の1ルール」)。

【問題点】
・諸外国の公開買付制度を概観すると、公開買付けの実施が義務付けられる閾値を30%としている例が多い。
・日本の上場会社における議決権行使割合を勘案すると、30%の議決権を有していれば、多くの上場会社において株主総会の特別決議を阻止することができ、株主総会の普通決議にも重大な影響を及ぼし得るものと推察される。

【提言】
3分の1ルールの閾値を30%に引き下げることが適当である。

5. 金融商品取引業者等による顧客からの買付け等

【現行制度】
多数の者(60日間で10名超)から買付け等を行い、買付け後の株券等所有割合が5%超となる場合には、公開買付けによらなければならない(いわゆる「5%ルール」)。

【問題点】
日常の営業活動等において反復継続的に株券等の売買を行っている金融商品取引業者等の売買取引を過度に制限している側面がある。

【提言】
(a)単元未満株式の買付け等
(b)機関投資家等の顧客からの買付け等であって、その後直ちに売却することを予定しているもの

上記(a)(b)のような取引は、①証券会社等が実質的に顧客の売買を仲介するために実施するものと評価することができ、②5%ルールの適用対象外としても、(勧誘を受ける)株主の利益を害する恐れを生じさせるものではない。

そこで、5%ルールの趣旨に照らして適切な範囲かつ当該趣旨を潜脱する恐れがない範囲において、上記(a)(b)のような取引が5%ルールの適用対象とならないことを明確化すべきである。

6. 公開買付制度の柔軟化・運用体制

【現行制度】
公開買付けの条件等に関する各種規制について、実質的な観点から個別事案ごとに例外的な取扱いを許容するような制度は設けられていない。

【問題点】
硬直的な運用を招きかねない。

【提言】
公開買付制度の柔軟化のため、当局の体制強化に努めていくことを前提に、まずは以下の各規制について、個別事案ごとに当局の承認を得ること等によって、規制が免除される制度を設けるべきである。

・別途買付けの禁止に関する規制
・形式的特別関係者に関する規制(一定の資本関係がある場合であっても、一定の場合には形式的特別関係者から除外することを含む)
・公開買付期間に関する規制(一定の場合には、60営業日を超える任意の延長を認め、または公開買付届出書の訂正に伴う義務的な延長期間を不要もしくは短縮することを含む)
・買付条件の変更に関する規制
・公開買付けの撤回に関する規制
・全部買付義務
・全部勧誘義務に関する規制(一定の場合には、海外預託証券を全部勧誘義務の対象となる株券等の範囲から除外することを含む)

7. 公開買付けの予告

【現行制度】
公開買付者が公開買付けを行う予定である(またはその可能性がある)旨のみが公表され、具体的な開始日について明示されないケースも存在する(公開買付けの予告)。

【問題点】
長期間にわたって、公開買付けが開始されないような場合には、市場を不安定にする恐れがある。

【改善点】
市場の安定性を担保する観点から、まずは当局のガイドライン等をもって公開買付けの予告を行う際の開示のあり方(公開買付けを行うための前提条件や開始予定時期の明示、公表後の進捗状況に関する開示等)を整備すべきである。

8. その他の課題

① 特定の大株主等から、一般株主より低い価格での応募同意を得た場合であっても、1つの公開買付けの中で公開買付価格を区分することができず、2回にわたって公開買付けを実施しなければならない点について、1つの公開買付けの中でこれらの取引を実施することができる制度を整備すべきである。

② 異なる種類の株券等を公開買付けの対象とする場合に公開買付価格の均一性が要求されるのか、また、要求される場合にはどのように均一性を判断するのかが明確でなく、法令上明確化すべきである。

③ 公開買付届出書の事前相談における当局の対応方針を明確化すべきである。

④ 公開買付期間中に対象会社が配当を実施した場合、公開買付価格の引下げを可能とすべきである。

⑤ 公開買付けの撤回事由を拡充すべきである。

⑥ 「買付け等」の範囲を可能な範囲で法令上明確化すべきである。

⑦ 公開買付説明書の内容が公開買付届出書とほぼ同内容となっており、その効果に比して当該公開買付説明書の交付・訂正に関する事務が負担となっているため、公開買付届出書を参照すべき旨を記載することによって、公開買付説明書の内容を簡素化することを可能とすべきである。

⑧ 公開買付届出書においてどのような情報を投資者に対して開示すべきか、改めて検証し、必要に応じ記載事項を見直すべき(*3)である。

*3 大量保有報告書の提出状況を記載事項とすること等が検討されています。

9. 今後の課題

公開買付けに関する事前・事後の救済制度として、対象会社やその株主に法令違反または著しく不公正な方法による公開買付けを差し止める権利を付与する制度(事前の救済制度)や、公開買付制度に違反して取得した株式について議決権を停止する制度や売却命令を賦課する制度(事後の救済制度)の導入が検討されました。

これらの救済制度については、直ちに導入すべきとの結論には至らなかったものの、必要に応じて引き続き検討を重ねていくことが考えられるとされています。

また、現行の公開買付制度上も、公開買付制度の違反については、当局による訂正命令の発出や緊急差止命令の申し立てといった手法による是正措置が設けられており、当局においてはこれらの手法を適切に活用していくことが期待されています。


Authors

弁護士 後藤 徹也(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2011年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。ニューヨーク州弁護士、一種証券外務員資格・内部管理責任者資格。21年8月から現職。
『ポイント解説 実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『会社訴訟・紛争実務の基礎-ケースで学ぶ実務対応』(有斐閣、2017年〔共著〕)、『公開買付けの理論と実務〔第3版〕』(商事法務、2016年〔共著〕)、『アドバンス会社法』(商事法務、2016年〔執筆協力〕)等、著書・論文多数。

弁護士 豊島 諒(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2018年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2020年慶應義塾大学法科大学院修了、2022年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2022年4月から現職。企業買収・公開買付けといったM&A案件を中心に、企業法務全般を広く取り扱う。

弁護士 峯岸 健太郎(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2001年一橋大学法学部卒業、2002年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)、一種証券外務員資格。19年1月から現職。06年から07年にかけては金融庁総務企画局企業開示課(現 企画市場局企業開示課)に出向(専門官)し、金融商品取引法制の企画立案に従事。
『ポイント解説実務担当者のための金融商品取引法〔第2版〕』(商事法務、2022年〔共著〕)、『実務問答金商法』(商事法務、2022年〔共著〕)、『金融商品取引法コンメンタール1―定義・開示制度〔第2版〕』(商事法務、2018年〔共著〕)、『一問一答金融商品取引法〔改訂版〕』(商事法務、2008年〔共著〕)等、著書・論文多数。

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