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ESG・SDGs UPDATE Vol.5:ESGと株主総会①-2022年株主総会におけるESG関連の株主提案の動向-

1. はじめに

ESG・SDGs UPDATE Vol.1において、ESGの起源が国連のPRI(Principles for Responsible Investment、責任投資原則)にあり、PRIに署名している投資機関が国内外で増加している旨をご紹介しました。PRIには、投資家サイドがESGの課題を株式の保有方針等に組み込み、活動的な株主となるとともに、投資対象に対してESGの課題について適切な開示を求めるという内容が含まれています。

昨今のESGを重視する国際的な風潮の中で、株主が企業に対してESGに関する提案をする事例が増えています。欧米ではESG関連の株主提案が株主総会で可決される事例がある旨、米国でESG関連の株主提案が増加しており、森林保護や動物愛護(アニマルウェルフェア)等のサステナビリティに関する株主提案がなされた事例もある旨が報じられています。

【参考リンク】
2021年7月26日付け日経ESG「海外株主総会2021ダイジェスト、株主が「公益」を問う

2022年5月15日付け日本経済新聞「ESGの株主提案増加、米で最多583件 コロナで格差焦点

2022年7月10日付け日本経済新聞「ESGは脱炭素から自然へ 企業は新たな要求に備えを

日本においては、2020年には株式会社みずほフィナンシャルグループ(※1)、2021年には住友商事株式会社(※2)や株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ(※3)においてESGに関する株主提案がなされた旨が各社のウェブサイトにおいて公表されていますが、2022年に実施された株主総会においてもESG関連の株主提案がなされた旨が各社の招集通知等によって公表されています。

※1 株式会社みずほフィナンシャルグループ「第18期 定時株主総会招集ご通知」39-40頁 

※2 住友商事株式会社「第153期 定時株主総会招集ご通知」25-27頁

※3 株式会社三菱UFJフィナンシャル・グループ「第16期 定時株主総会招集ご通知」28-30頁 

本稿では、2022年に実施された株主総会における株主提案のうち、ESGに関連するものをご紹介します。

2. 2022年の株主総会におけるESG関連の株主提案

(1)環境(E)に関する株主提案

2022年は、電力会社を中心に環境に関する株主提案が多くなされました。また、商社や金融機関に対しても、環境に関する情報開示の拡充を求める株主提案がなされています。具体的には、以下の事例をご参照ください。

  • 東京電力ホールディングス株式会社

第3号議案 定款一部変更の件(1)
議案内容
本会社の定款に以下の章を新設する。
第 章 脱炭素社会との両立
(2050年炭素排出実質ゼロへの移行における資産の耐性の評価報告の開示)
第 条 本会社の長期的成功を促進するため、気候変動に伴うリスクと事業機会に鑑み、本会社のエネルギー関連資産の評価における前提条件、費用、試算および評価額が、2050年温室効果ガス排出実質ゼロシナリオに照らし合わせ、どのような影響を受けるかにつき、本会社は評価報告を年次に行う。かかる評価報告の対象は、本会社の全てのグループ会社、事業セグメントにおけるエネルギー関連資産を含む。
2 前項評価報告の開示対象には、営業秘密に該当する情報を除き、長期的な資源の需要、長期的な資源および炭素価格、エネルギー関連資産の残余稼働期間、将来的に不可避となるエネルギー関連資産の不稼働、資本支出、減損処理等に関する、主な前提条件及び試算を含める。

提案の理由
本提案は、日本及び多くの主要貿易相手国が目指す2050年炭素排出実質ゼロシナリオにおける本会社の資産の耐性を判断する上で、株主が必要な情報開示を求めるものである。
本会社は、グループ全体で化石燃料関連事業に多数関与し、更なる事業の拡大戦略を掲げていることを踏まえれば、重大な移行リスクを抱えており、全事業セグメントのエネルギー関連資産の耐性評価を行い、2050年炭素排出実質ゼロシナリオにおける企業価値の維持向上が急務である。
本提案は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)、投資家団体(IIGCC等)、他国における株主提案等を通じ、投資家が求める情報開示に合致し、世界の電力業界でも情報開示が拡大している。
本提案の可決により、株主は自らの資産の保全に必要な重要情報を知り得る。また、本会社は脱炭素経済への移行におけるリスクと事業機会の適切な管理を行い、企業価値の維持向上が可能となる。

東京電力ホールディングス株式会社 2022年6月28日付け「第98回 定時株主総会招集ご通知」21頁

第3号議案は、賛成率9.55%で否決されました(東京電力ホールディングス株式会社 2022年7月13日付け臨時報告書5頁)。

  • 電源開発株式会社

第8号議案 定款一部変更の件
(1)議案の要領
本会社定款に以下の規定を追加する。

第X条
1. 本会社の長期的な企業価値を高めるため、気候変動にかかるリスク及び機会を踏まえ、また2050年までにカーボンニュートラルを達成するとの本会社の宣言に従い、本会社はパリ協定第2条第1項(a)及び第4条第1項に沿った温暖化ガス排出量削減にかかる科学的根拠に基づく、短期的及び中期的目標を明記した事業計画を策定し公表するものとする。
2. 本会社は、各事業年度ごとに、前項に定める事業計画の進捗状況につき年次報告書において報告するものとする。

(2)提案の理由
本会社に対して長期投資を行っている機関投資家は、本会社の企業価値が、説得力のある脱炭素化戦略並びにパリ協定の目標及び投資家の期待に沿った温暖化ガス排出量削減にかかる科学的根拠に基づく短期的、中期的及び長期的目標に左右されると考えている。

我々は、本会社の、2050年までにカーボンニュートラルを達成するとの本会社の意向を評価するがしている一方で、本会社の目標が未だにパリ協定の目標と整合していないことは株主にとっての様々な重要な経済的リスクとなっている。我々は、科学的根拠に基づく目標を設定し、それを達成するための事業計画を開示することが、かかるリスクに対処し企業価値を保全するうえで最良であると考える。

第9号議案 定款一部変更の件
(1)議案の要領
本会社定款に以下の規定を追加する。

第Y条
本会社は、年次報告書において、本会社の設備投資が本会社の温暖化ガス排出量削減目標との整合性についての本会社の評価の詳細を開示するものとする。

(2)提案の理由
本会社に対して長期投資を行っている機関投資家は、本会社の企業価値が、説得力のある脱炭素化戦略並びにパリ協定の目標及び投資家の期待に沿った温暖化ガス排出量削減にかかる科学的根拠に基づく短期的、中期的及び長期的目標に左右されると考えている。

石炭火力発電事業による大量の温暖化ガス排出及び本会社の「BLUE MISSION 2020」において詳述されている火力発電の脱炭素技術にまつわる経済合理性及び実現可能性の確からしさのレベルが低いことに鑑みると、当該目標に整合した設備投資は本会社の企業価値にとって極めて重要である。我々は、本会社が設備投資の温暖化ガス排出量削減目標との整合性についての評価についてより多くの情報を開示することより、本会社の企業価値が保全されると考える。

第10号議案 定款一部変更の件
(1)議案の要領
本会社定款に以下の規定を追加する。

第Z条
本会社は、年次報告書において、本会社の報酬方針が本会社の温暖化ガス排出量削減目標の達成をどのように促進するものであるかの詳細を開示するものとする。

(2)提案の理由
本会社に対して長期投資を行っている機関投資家は、本会社の企業価値が、説得力のある脱炭素化戦略並びにパリ協定の目標及び投資家の期待に沿った温暖化ガス排出量削減にかかる科学的根拠に基づく短期的、中期的及び長期的目標に左右されると考えている。

我々は、報酬と温暖化ガス排出量削減目標の達成を直接リンクさせることは、経営陣の脱炭素化目標に向けた取り組みを促進する重要な仕組みとして本会社の利益となり、企業価値を保全するものと考える。

電源開発株式会社 2022年6月28日付け「第70回 定時株主総会招集ご通知」41-43頁

第8号議案は賛成率25.8%、第9号議案は賛成率18.1%、第10号議案は賛成率18.9%で、いずれも否決されました(電源開発株式会社 2022年6月29日付け臨時報告書4頁)。

  • 三井住友フィナンシャルグループ株式会社

第4号議案
定款の一部変更の件(パリ協定目標と整合する中期および短期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定開示)

提案内容
当会社の定款に以下の章を新設し、以下の条項を追加的に規定する。
第 章 脱炭素社会への移行
第 条 (パリ協定目標と整合する中期および短期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定開示)
当会社の長期的成功を促進するため、気候変動に伴うリスクと事業機会に鑑み、当会社が気候変動におけるパリ協定に沿った取り組みを表明していることに従い、当会社は、すべての投融資ポートフォリオにわたりパリ協定第2条第1項(a)(「パリ協定目標」という)と整合性がある短期および中期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画を策定し、開示する。
② 当会社は、上記削減目標の進捗状況を年次報告書において開示する。

提案理由
本提案は、パリ協定目標に沿って、すべての投融資ポートフォリオにわたる短期(2025年まで)および中期(2030年まで)の温室効果ガス削減目標を含む事業計画を策定し、開示することにより、当会社が気候変動に伴うリスクを適切に管理し、情報の透明性を確保するとともに、企業価値を維持向上させることを目的とする。
日本政府の策定した2050年ネットゼロ目標および当会社のすべての投融資ポートフォリオを含めたネットゼロ目標を達成するためには、具体的な短期および中期の目標の設定を伴う事業計画の策定は必須であり、削減目標の進捗状況を年次に開示することにより、当会社からの資金の流れが目標に適合することを確実にすることができる。
本条項を定款に加え、事業計画を策定・開示することで、当会社における気候変動リスクを適切に管理し、長期のネットゼロ目標を達成するとともに、当会社の持続的成長を促進することが可能となる。

第5号議案
定款の一部変更の件(IEAによるネットゼロ排出シナリオとの一貫性ある貸付等)

提案内容
当会社の定款に以下の章を新設し、以下の条項を追加的に規定する。
第 章 脱炭素社会への移行
第 条(IEAによるネットゼロ排出シナリオと一貫性ある貸付等)
当会社は2050年温室効果ガス排出実質ゼロの達成目標を誓約していることから、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)によるG20サステナブルファイナンスワーキンググループへの推奨ならびに国際エネルギー機関(IEA)によるネットゼロ排出シナリオに従い、当会社は、新規の化石燃料供給、関連インフラ設備の拡大に当会社の貸付および引受による調達資金が用いられないことを確実にするため積極的な措置を策定し、開示する。

提案理由
本提案は、ネットゼロ排出シナリオならびにG20サステナブルファイナンスワーキンググループへの推奨の履行と一貫性を欠く投融資を行わないことを確実にするための措置を策定し、開示することによって気候変動リスクを適切に管理し、当会社の企業価値を維持向上させることを目的とする。
IEAのシナリオにおけるリスクは幅広く認知されており、パリ協定1.5℃目標達成のためには、新規の石油・ガス田および炭鉱開発、さらにこれらに関連する新規インフラ開発を行う余地がないことが気候科学の知見からも明らかとなっている。
当会社は、2050年までに投融資ポートフォリオの温室効果ガス排出をネットゼロにする目標を掲げているが、化石燃料の拡大を促進する案件に引き続き多額の資金提供を続けている。当会社が移行リスクを適切に管理し、脱炭素社会への流れをけん引する金融機関となるためにも、本条項を定款に追加することを提案するものである。

株式会社三井住友フィナンシャルグループ 2022年6月29日付け「第20期 定時株主総会招集ご通知」27-31頁

第4号議案は賛成率27.05%、第5号議案は賛成率9.55%で、いずれも否決されました(株式会社三井住友フィナンシャルグループ 2022年7月4日付け臨時報告書3頁)。

  • 三菱商事株式会社

第5号議案
定款の一部変更の件(パリ協定目標と整合する中期および短期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定開示)

提案内容
以下の章を新設し、本会社の定款に追加的に規定する。
第 章(脱炭素社会)
第 条(パリ協定目標と整合する中期および短期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定開示)
1. 本会社の長期的企業価値向上を促進するため、気候変動に伴うリスクと事業機会に鑑み、本会社がパリ協定への貢献を表明していることに従い、本会社は、パリ協定第2条第1項(a)(「パリ協定目標」という)と整合性ある短期および中期の温室効果ガス削減目標を含む事業計画を策定し、開示する。
2. 上記の削減目標は、スコープ1(直接排出)、スコープ2(電力等使用による間接排出)およびスコープ3(事業に関連する他社の排出)を含むものとし、各スコープを区別し開示する。
3. 本会社は、上記削減目標の進捗状況を年次報告書において開示する。

提案理由
本提案は、スコープ1から3の短期(2025年まで)および中期(2030年まで)の温室効果ガス削減目標を含む事業計画の策定、開示を求めるものである。
本会社は、国際エネルギー機関が示す2050年ネットゼロシナリオに反し、火力発電所の建設、ガス田やLNGインフラの新規開発計画を継続、拡大させている。これは、自らの2050年までのネット・ゼロ排出目標と時間軸が明らかに矛盾する。
本提案による短中期の削減目標の策定開示は、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の推奨、および投資家の要望にも合致する。このことは投資家団体や、他国での投資家から広い支持を受けた株主提案からも明らかであり、世界の企業による同様の情報開示も年々増加している。
本提案の可決により、本会社は脱炭素経済への移行におけるリスクを早期かつ確実に削減し気候変動リスクの適切な管理を行うことにより、企業価値の維持向上が可能となる。

第6号議案
定款の一部変更の件(新規の重要な資本的支出と2050年温室効果ガス排出実質ゼロ達成目標との整合性評価の開示)
提案内容
本会社の定款に以下の章を新設し、以下の条項を追加的に規定する。
第 章 脱炭素社会
第 条(新規の重要な資本的支出と2050年ネットゼロ達成の道筋との整合性評価の開示)
1. 本会社の気候変動に伴うリスクと事業機会における長期的企業価値の維持向上のため、かつ本会社の2050年温室効果ガス排出実質ゼロの達成目標との整合性を維持するため、本会社の石油ガス資産の上流、中流または下流の新規開発に対する重要な資本的支出たる投資ならびに計画のある将来の投資の基礎にある仮定事項、費用、予測事項、価値評価が、2050年までに温室効果ガス排出を実質ゼロにする道筋によればどのような影響を受けるかについて、本会社は評価を行い、これを年次報告書において開示する。
2. 前項の評価の開示には、営業秘密を除き、長期における資源需要、長期における資源価格および炭素価格、資産の残余稼働期間、将来不可避となる資産の不稼働、資本的支出、減損処理に関する重要な仮定事項および予測事項を含めるものとする。

提案理由
本提案は、2050年ネットゼロに至る過程における気候変動関連の財務リスクと株式価値への影響を理解することを目的に、評価の開示を求めるものである。
本会社が、国際エネルギー機関の2050年ネットゼロシナリオに反して火力発電所の建設、ガス田やLNGインフラの新規開発計画への関与を持続しており、移行リスクの拡大を伴う。
2050年ネットゼロ目標と整合する資本配分の枠組みなしに、時間軸、前提シナリオが相容れない事業や企業活動を継続することは、重大な減損処理の危険性を孕む。
本提案の開示は、投資家の要望に合致する。このことは投資家団体や、他国での投資家から広い支持を受けた株主提案からも明らかであり、世界の企業による同様の情報開示も年々増加している。
本提案の可決により、本会社は脱炭素経済への移行におけるリスクをより正確に把握、株主に開示し、減損の未然防止により長期的な企業価値の維持向上が可能となる。

三菱商事株式会社 2022年6月24日付け「2021年度 定時株主総会招集ご通知」27-29頁

第5号議案は賛成率20.18%、第6号議案は賛成率16.21%で、いずれも否決されました(三菱商事株式会社 2022年6月28日付け臨時報告書4頁)。

(2)社会(S)に関する株主提案

ESGの社会(S)の要因については、PRI「責任投資原則 国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)と国連グローバル・コンパクトと連携した投資家イニシアティブ」4頁において「労働条件(奴隷労働および児童労働を含む)」、「地域コミュニティ(先住民コミュニティを含む)」、「健康および安全」、「従業員関係および多様性」が列挙されています。このうち、従業員の権利保護やダイバーシティの確保については、日本においても特に問題意識が高まっている領域と言えます。具体的には、以下の事例をご参照ください。

  • 日鉄ソリューションズ株式会社

第4号議案
定款一部変更の件(1)
Ⅰ.本株主提案の内容および理由
①議案の要領
現行の定款に以下の章を新設し、現行定款「第7章 計算」を「第8章 計算」へ変更の上、第31条以降を、各々2条ずつ繰り下げる。なお、本定時株主総会における他の議案(会社提案にかかる議案を含む。)の可決により、本議案として記載した条文に形式的な調整(条文番号のずれの修正を含むが、これらに限られない。)が必要となる場合は、本議案に係る条文を、必要な調整を行った後の条文に読み替えるものとする。

第7章 特別調査委員会
(特別調査委員会の設置)
第31条 本会社は、セクシャルハラスメント、パワーハラスメント等、本会社のコンプライアンスに関する事項に関する調査を実施するために特別調査委員会(以下「本特別調査委員会」という。)を設置する。本特別調査委員会は、本会社及び本会社の取締役から独立した弁護士となる資格を有する委員により構成されるものとし、2022年9月1日までに、調査の結果について調査報告書及び改善案を対外的に開示する義務を負う。

②提案の理由
提案者は、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に対する責任あるアプローチにより成長するビジネスを支援することをポリシーとして掲げており、投資先企業のESGのパフォーマンスについても、公開情報に基づくモニタリングを行っています。そして、投資先企業において、差別、ハラスメント、従業員の福利厚生などに関する問題があると認識した場合には、投資先企業の取り組みに疑問を投げかけ、前向きな変化に影響を与えることができるよう、投資先企業の経営陣に働きかけることとしております。
提案者は、このような投資先企業に対するモニタリングの中で、当社の人材マネジメントに関し、提案者のESGポリシーに照らすと看過できない問題が生じている可能性があることを認知しました。そこで、提案者は、当社の人材マネジメントについて、以下のとおり、さらに深度ある調査(以下「本件調査」といいます。)を行いました。
ア インターネット上の複数の掲示板において、2007年から2021年までの過去15年間にわたって、当社においてセクシャルハラスメントが行われていることを示唆する書き込みが存在したため、これらのコメントの分析を行いました。
イ 2017年5月に、当社で契約社員として働いていた女性が、セクシャルハラスメントで休職に追い込まれ、さらに雇止めをされたとして当社に対し、雇止めの無効や慰謝料などを求める訴訟を提起していたため、訴訟記録を閲覧し、事案についての分析を行いました。
ウ 当社の親会社である日本製鉄株式会社についても、インターネット上の複数の掲示板において、2013年から2021年までの過去8年間にわたって、セクシャルハラスメント及びパワーハラスメントが行われていることを示唆する書き込みが存在したため、これらのコメントの分析を行いました。
エ 当社の人材関連データを分析し、離職率や女性管理職の登用数等について調査・分析を行いました。
オ 当社の元従業員複数名に対し、従業員の労務・就労環境や福利厚生、外国人従業員に対する差別の有無に関して延べ760分に渡りヒアリングを行いました。その結果、当社においてセクシャルハラスメントやパワーハラスメントを目撃した、あるいは実際に被害を受けた、社内ではハラスメントを行った者に対して徹底的な調査が行われていない等の供述を得たため、これらの供述の分析を行いました。

本件調査の結果、提案者は、当社のESGのパフォーマンス、特に人材マネジメントの分野には、深刻な懸念が生じていると判断しております。
当社の離職者数は過去5年間で倍増しており、特に女性の離職率は倍以上に増加しています。

提案者は、提案者が抱く人材マネジメントに関する懸念を当社とも共有し、問題の解決に向けた取り組みを促すため、2021年11月、当社の執行役員等と面談を行い、従業員のウェルビーイングに関する具体的な目標設定とその実績や取り組みに関する詳細な情報開示と、従業員のダイバーシティとインクルージョンに関する目標設定(例:日本人社員と外国社員の平均勤続年数・管理職比率・管理職昇進比率)とその実績や取り組みに関する詳細な情報開示を求めました。しかしながら、当社からは、提案内容に関して具体的なアクションを取るなどの回答は得られませんでした。
また、提案者は、2022年3月に当社の取締役2名(うち1名は社外取締役)と面談し、本件調査の結果を知らせるとともに、提案者が当社の就労環境(特にセクシャルハラスメント対応とパワーハラスメント対応)について深刻な懸念を抱いていること、提案者のESGポリシーに照らしてもこれは看過できないことを伝えました。しかしながら、当社からは、セクシャルハラスメントとパワーハラスメントについては、事案が生じる都度正しい対処を行っている旨の回答があり、本件調査の結果を踏まえた新たな具体的なアクションプランなどの提示はありませんでした。
その後、提案者は、本件に関するフォローアップのため、当社に対し、他の2名の社外取締役及び森田代表取締役社長との面談を要請しておりますが、現在までのところ実現しておりません。

本件調査の結果とその後の当社の対応を踏まえると、提案者は、当社においては、従業員のウェルビーイングや人事課題についての対処が遅れていると判断せざるを得ません。当社の成功の核となるのが人材であることを考えると、2015年から2020年にかけて年間の退職者数がほぼ倍増していることは、非常に大きなリスクです。効果的で継続可能な人材マネジメントを実現するためには、従業員のウェルビーイングを優先した労働環境づくりを行うことは急務であり、特に、セクシャルハラスメント、パワーハラスメントについては、徹底的な調査と調査結果に応じた適切な処分を行うとともに、被害者が無視されたり、貶められたり、非難されることが決してないように環境を整えなければなりません。
そこで、提案者は、本株主提案の通り、独立した委員により構成される特別調査委員会を設置し、セクシャルハラスメントおよびパワーハラスメント等のコンプライアンスに関する事項を調査することを、提案致します。

日鉄ソリューションズ株式会社 2022年6月21日付け「第42期 定時株主総会招集ご通知」21頁

第4号議案は、賛成率8.56%で否決されました(日鉄ソリューションズ株式会社 2022年6月23日付け臨時報告書4頁)。

  • 東京電力ホールディングス株式会社

第9号議案 定款一部変更の件(7)
議案内容
以下の章を新設する。
第△章 社員、管理職、役員のパリテ(男女平等)化推進
第×条 社員、管理職、役員の人数は男女同数を目指す。
第×条 雇用基準、賃金、手当、待遇についても男女同一とする。

提案の理由
1986年に施行された「男女雇用機会均等法」は期待した女性たちを置き去りにしている。我が国の女性の地位は世界経済フォーラム発表で156か国中120位、経済、政治分野の順位が低く毎年低位から抜け出せないでいる。また女性の働きやすさは先進27か国中26位。当たり前のことだが、男性の協力なしに女性の地位向上は実現しない。
例えば、自然エネルギー100%のアイスランドでは、男女同一賃金を法律で定め、男女共に6か月間の育児休暇があり、その間の給料は8割保証される。
未来に核のゴミを押し付けることが前提の原発稼働は命と向き合わない男社会がもたらしたものだ。福島原発事故を起こした我が社は企業の鑑となって社会貢献しなければならない。それを示すためにも男女平等を宣言し、賃金の平等はもちろん、雇用基準、手当、待遇などを改め、社員が男女同数になるように年度目標を設定し、近い将来は役員、管理職も男性と同数にすべきだ。

東京電力ホールディングス株式会社 2022年6月28日付け「第98回 定時株主総会招集ご通知」28頁

第9号議案は、賛成率1.89%で否決されました(東京電力ホールディングス株式会社 2022年7月13日付け臨時報告書5頁)。

(3)ガバナンス(G)に関する株主提案

ガバナンスについては、PRI「責任投資原則 国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)と国連グローバル・コンパクトと連携した投資家イニシアティブ」4頁において「役員報酬」、「贈賄および腐敗」、「取締役会/理事会の多様性および編成」、「税務戦略」が列挙されています。

特に取締役会の多様性については、コーポレートガバナンス・コードの原則4-11で「取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきである」と定められるなど、ダイバーシティの文脈で重要性が高まっているところ、これに関する株主提案もなされています。具体的には、以下の事例をご参照ください。

  • アコム株式会社

第4号議案
定款一部変更の件(取締役の員数等)

(1)提案の内容
定款第18条を以下のとおり変更する。
*太字部分は変更部分を示す。
(員数
第18条 当会社の取締役(監査等委員であるものを除く。)は、10名以内とする。
2. 当会社の監査等委員である取締役は、5名以内とする。
3. 当会社の取締役は、少なくとも1名は男性とし、少なくとも1名は女性とする。

(2)提案の理由
現在の貴社の取締役会は男性だけで構成されておりますが、コーポレートガバナンス及び競争力の向上の観点からは、一般に、取締役会は、多様なバックグランドを有する取締役により構成され、幅広い観点から議論が行われる方が望ましいと考えられています。通知人も、このような観点から、機関投資家として、男性だけではなく女性も取締役として経営の意思決定プロセスに参加する方がより顧客の長期的な利益に資するものと考えており、上記の提案をするに至りました。

アコム株式会社 2022年6月24日付け「第45回 定時株主総会招集ご通知」20頁

第4号議案は、賛成率3.47%で否決されました(アコム株式会社 2022年6月27日付け臨時報告書3頁)。

  • 東洋水産株式会社

第7号議案
定款一部変更の件
1. 議案の要領
現行の定款に、以下の条文を新設する。なお、本定時株主総会における他の議案(会社提案にかかる議案を含む。)の可決により、本議案として記載した条文に形式的な調整(条文番号のずれの修正を含むが、これらに限られない。)が必要となる場合は、本議案に係る条文を、必要な調整を行った後の条文に読み替えるものとする。
(下線部分は変更箇所を示しております。)

2. 提案の理由
経済産業省の「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」によれば、グループ本社には、適切な子会社管理・監督を行い、グループ・ガバナンスの実効性確保と子会社の機動的な意思決定を両立させる役割がある。
当社は、多数の子会社を有し、グループ全体のシナジー最大化とリスク管理が重要課題であるが、グループ・ガバナンスの説明責任を果たしていない。
ユタカフーズ株式会社(「ユタカ」)は、上場維持の合理性がない。当社は社員のモチベーション維持及び優秀な人材の採用を挙げるが、利益相反取引や株価ディスカウントなどデメリットが大きい。
ユタカの売上及び原料仕入の80%以上は対当社であり、ユタカの代表取締役会長及び社長が当社出身であるため、優越的地位による利益相反取引のリスクが高い。
そこで、グループ・ガバナンスに加え、上場子会社の上場維持と独立したガバナンスの実効性の説明責任を定款に定めることを提案する。

東洋水産株式会社 2022年6月23日付け「第74回 定時株主総会招集ご通知」25-26頁

第7号議案は、賛成率19.80%で否決されました(東洋水産株式会社 2022年6月24日付け臨時報告書3頁)。

3. まとめ

以上のとおり、2022年の株主総会ではESGに関し、さまざまな株主提案がなされました。

脱炭素推進やSDGsに向けた取組強化の国際的な潮流の中で、今後日本においても、ESG関連の株主提案や株主質問が増加していくことが予想されます。
上記でご紹介した事例からも分かるとおり、ESGに関連する株主提案や株主質問は、電力会社等に限らず、あらゆる業種・業界の企業でなされ得るものであり、ESG課題と無関係でいられる企業は存在しないと言えるでしょう。

自社としてESG課題に対してどのように取り組み、それを株主等のステークホルダーにどのように開示していくかが、今後一層重要性を増していくものと考えます。


Author

弁護士 坂尾 佑平(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2012年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)、ニューヨーク州弁護士、公認不正検査士(CFE)。
長島・大野・常松法律事務所、Wilmer Cutler Pickering Hale and Dorr 法律事務所(ワシントンD.C.)、三井物産株式会社法務部出向を経て、2021年3月から現職。
危機管理・コンプライアンス、コーポレートガバナンス、倒産・事業再生、紛争解決等を中心に、広く企業法務全般を取り扱う。
ESG・SDGsプラクティスグループ創設メンバーとして「今企業に求められるESGのグランドデザイン-取組・開示・表示の勘所-」(三浦法律事務所、ウエストロー・ジャパン、トムソン・ロイター(共催))セミナーに登壇するなど、ESG/SDGs分野にも注力している。

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