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M&P LEGAL NEWS ALERT #5:コーポレートガバナンス-2030年までに女性役員比率30%義務化へ-

本稿では、女性版骨太の方針で掲げられた女性役員比率に関する議論と、目標達成の阻害要因となり得る女性正規雇用比率の「L字カーブ」の解消にもつながる法整備の取り組みを分析します。


1. 2030年までに女性役員比率30%実現が求められる

2023年6月13日に正式決定された女性版骨太の方針(女性活躍・男女共同参画の重点方針2023)では、プライム市場上場企業を対象として、2030年までに女性役員比率を30%以上とするとの数値目標が掲げられ、東証の上場規則に目標を規定する方針が打ち出された。なお、女性版骨太の方針では、「女性役員」との用語が用いられており、取締役に限定せず、監査役などを含む趣旨と考えられる。

上場会社等一定の企業に社外取締役の設置を義務付ける2021年施行の会社法改正(会社法327条の2)、取締役会における多様性向上を求める2021年版「コーポレートガバナンス・コード」(原則4‐11)、女性取締役不在等の場合に経営トップである取締役選任議案への反対推奨を規定する議決権行使基準(Glass Lewis 2023 Policy Guidelines JapanISS 2023年版日本向け議決権行使助言基準等)、意思決定機関におけるジェンダーバランスの実現を目的とする30% Club Japanの活動等を受け、主に社外役員として女性役員の登用が進んでいる。

その結果、女性役員不在の上場企業は減少し、男女共同参画会議資料によれば、東証プライム上場企業で女性役員不在企業の割合は18.7%(2022年時点)となった。2023年6月の株主総会でも女性役員の選任傾向は加速しており、女性役員不在企業の割合は更に減少するとみられる。今回の女性版骨太の方針は、さらに踏み込み、2025年までに1名、2030年までに30%という具体的な数値目標を掲げ、まずは取締役会におけるジェンダーでの多様性向上を求めるものとなっている。

2. 女性役員候補者育成における課題-正規雇用比率の「L字カーブ」

女性版骨太の方針では、女性役員比率の向上は後述の「L字カーブ」の解消に向けた取り組みの一つと位置付けられているが、「L字カーブ」こそが女性役員候補者育成の阻害要因でもあり、一筋縄にはいかない。

一般に日本では、労働市場の流動性が低く、また、プロの経営者を取締役に迎えることが比較的少ないため、正規雇用の従業員として長年勤務していた者が、内部昇進により取締役会メンバーになることが多い。他方、女性従業員が内部昇進により取締役候補者となる場面は、「M字カーブ」、「L字カーブ」と呼ばれる現象により極めて限られてきた。

「M字カーブ」とは、女性が結婚や出産等で家庭責任の担い手となるのを機に退職し、育児が終わってから再度就労するために、就業率がM字型となるという傾向である。他方、M字カーブが解消される中で正規雇用の割合の推移が注目され、「L字カーブ」と呼ばれる傾向が見出されている。これは、30歳程度をピークとして、女性の正規雇用比率が急速に低下する傾向を指す。男女共同参画白書令和4年版の「L字カーブ」のグラフによれば、女性の正規雇用比率は20代後半の58.7%をピークとして、多くの企業で取締役候補者となることが多いと思われる年代までに大幅に低下している(50代前半で30.3%、50代後半で26.3%、60代前半で13.1%、2021年時点)。

その結果、女性役員比率を向上させる現時点での支配的な戦略は、弁護士、会計士、大学教授など外部の専門職にある女性を非業務執行の社外取締役として迎えるというものとなっている。これは、業務執行取締役となる女性が育つまでの一時的な対応と説明されることもあるが、「L字カーブ」が解消できなければ、業務執行取締役の候補者となる女性が誕生する機会も限られたままとなる。

3. 「L字カーブ」解消を後押しする法整備

「L字カーブ」を解消するには、家庭責任の担い手が女性に偏る状態を変更していくことが重要となる。この観点から近時の労働法制を眺めると、男女共に働き続けられるような環境整備を後押しする制度も相次いで導入されている。

例えば、女性活躍推進法に基づく男女賃金格差の開示が、今年から本格導入された。これは、常時雇用301人以上の企業に男女賃金格差の公表を求めるものである。日本は、男女間賃金格差が、77.5%(2020年時点)とOECD平均88.4%を大きく下回っており、女性活躍推進法に基づく今年の開示によると、女性の賃金が50%程度という企業もある。他方で、現状の賃金格差の原因を分析し、今後どのように格差を解消していくか、その道筋まで示す企業もあり、人事制度を含む改革を後押ししている。各社の開示内容は厚生労働省 女性の活躍推進企業データベースからも確認可能である。

また、男性の育児休業等の取得を促すため、一定規模以上の企業に取得率の公表を義務付ける法改正や(2023年施行育児・介護休業法改正)、長時間労働の解消に向けた法改正など(2023年施行労働基準法改正により時間外労働の割増賃金率引き上げ対象が中小企業に広がるなど)、家庭責任を負わないことが前提となっている制度は変更を求められている。

今後、取締役会のジェンダーバランス向上のため、社外役員だけでなく、業務執行取締役に女性を選任することが求められていくことになるだろう。2030年の株主総会招集通知で業務執行取締役候補者に女性を含めることができるか否かは、「L字カーブ」による候補者の退場を回避できるかにかかっている企業も多いのではないか。労働環境を含めた制度整備は、コーポレートガバナンスの面からも喫緊の課題である。


Author

弁護士 緑川 芳江(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:弁護士(2007年登録)、ニューヨーク州弁護士(2015年登録)。日本およびシンガポールの大手法律事務所において、企業間の紛争案件に従事してきた経験から、紛争予防に重点を置き、国内外のビジネス紛争・国際取引・コーポレートガバナンスを中心に企業法務全般のアドバイスを提供する。Legal500 Asia Pacific 2023による“Next Generation Partners (紛争解決)”、”The Best Lawyers による“Best Lawyers in Japan (訴訟)” 2021年~2024年、“Best Lawyers in Japan (コーポレートガバナンス&コンプライアンス)” 2023年~2024年、“Best Lawyers in Japan (国際仲裁)” 2024年等受賞。


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