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中国最新法令UPDATE Vol.9:中国独占禁止法改正の概要②

1. 改正ポイント

(1)M&Aに伴う事業者集中届出に関する改正(事業者集中審査)

中国においてM&Aを行う場合には、中国で事業者集中届出を提出し、事業者集中審査を受ける必要がある場合があります。事業者集中届出を提出することになるとディール全体のタイムラインにも影響します。このため、中国における届出の要否は重要であり、中国M&Aにおいては早い段階から届出の要否を検討しておくことが必要となります。

また、中国以外の国におけるM&Aであるからといって、中国で事業者集中届出が必ず不要になるというわけではありません。例えば売主と買主の中国向け売上が大きいような場合には、対象会社が中国以外の国に所在する場合であっても、中国での事業者集中届出が必要となる場合があります。日本企業同士のM&Aであっても中国独禁手続により実行のスケジュールが大幅に遅れるケースが散見されます。

このように、中国における事業者集中届出の要件は、M&Aの実行において重要であり、日本企業のM&Aに対して大きな影響を与え得ます。改正独禁法やその施行規則草案では事業者集中の届出基準が改正されています。また改正独禁法では、届出の取り下げおよび届出書の再提出という実務による事業者の負担を解消するため、新たに審査期間計算の中止制度を設けています。

以下では、これらにつき説明します。

① 届出基準の改正

M&Aを行う際、どのような要件を満たす場合に中国で事業者集中届出を提出する必要があるか(届出基準)については、改正独禁法・現行独禁法のいずれにおいても、独禁法自体に具体的な基準が定められているわけではなく、国務院が具体的な届出基準を定めるものとされています(現行独禁法21条、改正独禁法26条)。

今回、「国務院による事業者集中の届出基準に関する決定」(改正)の意見募集草案が公表されています(2022年6月27日公表)。その3条および4条では、届出基準に対する改正が加えられています。同決定はまだ意見募集案の段階であり、実際に公布・施行されていませんが、今後の動向を把握する上で参考になります。

新旧届出基準を比較すると、下表のようになります。

ポイントとしては、①従前の枠組み(全事業者の全世界または中国売上高の合計額と、2以上の事業者の各中国売上高がそれぞれ一定の基準値を超えている場合に届出義務が発生)との関係では、基準値が引き上げられることで届出をトリガーする場面が限定された一方、②従前の枠組みとは異なる新たな基準(対象会社の市場価値・評価額や対象会社の中国売上が全世界売上に占める割合)が導入された点があります。

新旧届出基準の比較

② 届出基準未満の場合

現行独禁法においては、M&Aが届出基準を満たしていない場合には、事業者は事業者集中届出を行う義務はありませんでした。届出基準に達していない場合について、「国務院の事業者集中の届出基準に関する決定」(2018年改正)4条により、事業者集中に競争を排除・制限する効果があると明らかにされた場合には、国務院独占禁止法執行機構(以下「法執行機構」といいます)が調査をしなければならないとされていました。しかし、これはあくまで法執行機構の調査義務を定めるものであり、M&Aを行う事業者が届出を行う義務を定めるものではありませんでした(法執行機構が調査を開始しても、事業者がM&Aを実施すること自体は妨げられませんでした)。

しかし、今回の改正においては、M&Aが届出基準に達していないが、競争を排除・制限する効果がある(またはその可能性がある)ことを証明する証拠が存在する場合、法執行機構は事業者に対して申告を求めることができるとされました(改正独禁法26条2項。申告を求める権利)。また、同条3項は、事業者が上記の求めに応じず申告を行わない場合には、法執行機構は法による調査をしなければならない旨が規定されました(調査義務)。

このように、届出基準を満たさないM&Aについても、当局から求められれば届出を行わなければならなくなる場面があり得るという点は、M&Aのストラクチャリングにおいて念頭に置いておく必要があります。

③ 審査期間計算の中止

現行独禁法においては、延長を含む審査期間の最長期間が180日とされています。このため、180日では審査期間として不十分であると当局が判断する場合には、当局から事業者に対して事業者がいったん届出を取り下げ、当局の審査が進んだ段階で再度届出を提出するよう求めるという事態が実務で頻発していました。このような状況下では、例えば審査開始後179日目で届出を取り下げ、その後に再度届出を提出したというような場合には、すでに経過した179日間が無駄になり、再度届出を行った時点からさらに180日間の審査期間が発生することになります。このような実務運用は、事業者に重い負担を課すという問題がありました。

このような事業者の負担を解消しつつも、当局側の審査期間延長の必要性ともバランスをとる観点から、改正独禁法の32条により、事業者集中審査期間計算の中止制度が新設されました。すなわち、以下のいずれかに該当する場合には、法執行機構は事業者集中審査期間の計算を中止することができ、その旨を書面で事業者に通知するものとされています(改正独禁法32条1項)。

① 事業者が所定の書類、資料を提出していないことより、審査業務を進めることができない場合

② 事業者集中審査に対して重大な影響を及ぼす新しい状況や新事実が生じ、これを検証しなければ審査業務を進めることができない場合

③ 事業者集中に対する問題解消措置につき更に評価を行う必要があり、事業者側から中止の請求を行った場合

なお、期間計算の中止の原因となった状況が消滅した日から、法執行機構が書面で事業者に通知することにより審査が再開されます(改正独禁法32条2項3)。審査が再開される場合、それまでに経過した審査期間がゼロに戻ることはなく、例えば179日経過時点で審査が中止しており、その後審査が再開した場合は、残りの審査期間は1日のみということになります。このように、やむを得ない場合には審査期間の合計を180日よりも長くする余地は残して当局側に配慮しつつ、審査中止時までに既に経過した期間をゼロに戻すことはしないことで、事業者の負担を解消することが試みられています。

なお、審査期間計算の中止に関する詳細な規定については、「事業者集中審査規定」意見募集草案も参考になります

              【コラム】
   
 「事業者集中審査の省レベル市場監督管理部門への委託」
 
独禁法改正とは直接関係ありませんが、タイミングを同じくして、2022年7月8日、「一部の事業者集中案件独禁審査の実施を試験的に委託することに関する市場監督管理総局公告」が公表されました。この公告では、簡易審査が適用される事業者集中審査案件のうち、一定の要件を満たすものについては中央レベルで審査を行うのではなく、省レベルの市場監督管理部門で審査を行うことが定められています。

現行の事業者集中審査暫定規定(2022年修正版)においても、SAMRは、業務上の必要に基づき、審査業務を省、自治区、直轄市に委託することができるとされていました(同規則2条)。このように、審査業務の省レベルへの委託は、既に制度としては存在していたのですが、実務上、これが実際に活用されることはありませんでした。

今回の公告で、どのような要件を満たす事業者集中審査案件につき、省レベルへの委託がなされるのかが示されたことから、今後省レベルへの委託が実際に行われるようになることが期待されます。

これまでは、事業者集中審査案件は全て中央レベルのSAMRにより行われていました。中央レベルには多くの審査案件があり、これによる審査の長期化がみられました。本公告により、一部審査業務の省レベルの委託が実現することで、審査がスピードアップすることが期待されます。

(2)垂直型反競争的合意に関する「セーフハーバー」制度の導入

中国の独占禁止法で定められる反競争的行為とは、①反競争的合意、②市場支配的地位の濫用、③競争を排除・制限する効果を有し、又は有しうる事業者集中を指します(改正独禁法3条)。

反競争的合意には、①競争関係にある当事者間での反競争的合意(水平型反競争的合意、いわゆるカルテル等)(改正独禁法17条)と、②取引関係にある当事者間での反競争的合意(いわゆる垂直型反競争的合意)(改正独禁法18条)とがあります。

ここで扱うのは、上記のうち、垂直型反競争的合意に関するセーフハーバー制度です。

垂直型反競争的合意の類型としては、①第三者への転売価格の固定(いわゆる再販売価格拘束。例えば、メーカーが小売店に対して製品を販売する際に、小売店の消費者に対する価格を固定する場合)と、②第三者への転売に際する最低価格の設定(例えば、メーカーが小売店に対して、最低小売価格を定める場合)とがあります。

再販売価格拘束のイメージは、下図をご覧ください。

今回の独禁法改正で、垂直型反競争的合意に関してセーフハーバー制度が新たに導入されました。セーフハーバーとは、当該取引が一定の要件を満たす場合には、競争への影響は認められないとして、独禁法違反には当たらないと判断される基準(※1)です。現行独禁法では、垂直型反競争的合意につきセーフハーバー制度は設けられておらず、改正独禁法により初めて法律レベルで導入されたものです。以下では、改正独禁法により導入された垂直型反競争的合意に関するセーフハーバー制度につき説明します。

※1 岸井大太郎ほか『経済法-独占禁止法と競争政策(第9版)』(有斐閣、2020年10月30日)151頁。

まず改正独禁法では、垂直的反競争的合意に関して定めた18条3項において「事業者が、その関連市場におけるマーケットシェアが国務院独占禁止法執行機構の定める基準を下回ることを証明でき、かつ、法執行機構の定めるその他の条件を満たす場合には、これ(注:垂直型反競争的合意)を禁止しない」と規定されました(※2)。

※2 2020年1月2日に公布された一回目の「独占禁止法」意見募集案において、水平型反競争的合意や垂直型反競争的合意を問わず、セーフハーバーが設けられましたが、セーフハーバーの範囲が大きすぎるとの問題が生じうると指摘され、特に水平型反競争的合意に関するセーフハーバー制度の適用に対して反対の声があり、2021年10月23日に公布された二回目の「独占禁止法」意見募集草案において、セーフハーバーの適用範囲が垂直型反競争的合意に限定される経緯があります。

2022年6月27日付で公布されている「反競争的合意禁止規定」(改正)の意見募集草案15条では、上記改正独禁法18条3項の規定を受けて、垂直型反競争的合意に関するセーフハーバーの要件として、以下のとおり規定しました。

・事業者と取引相手方の関連市場におけるマーケットシェアが15%以下(※3)かつ
・ 競争を排除・制限することを証明する証拠がないこと

※3 垂直的合意については、例えば製造業者とディストリビューターの合意のような形で、属する市場が異なる当事者同士の合意が問題となります。この例ですと、製造業者は製造市場、ディストリビューターは卸売市場に属することになります。「マーケットシェア15%」につき、どの市場に着目するのかは条文上明記されておらず、今後の明確化が期待されます。ただし、各市場ごとに計算することが自然であると考えられます。すなわち、製造業者とディストリビューターの垂直的合意に関しては、①製造業者の製造市場におけるマーケットシェアが15%以下、②ディストリビューターの卸売市場におけるマーケットシェアが15%以下という要件を満たすべきとなるのではないかと考えられます。

セーフハーバーの要件として、「競争を排除・制限することを証明する証拠がないこと」が挙げられている点に留意が必要です。この表現は、競争制限効果の立証責任を当局側に転換するものと考えられます。上記の「15%」基準を満たせば、垂直型反競争的合意が絶対に違法とはならないことを意味するのではなく、当局が競争制限的効果を立証できる場合には、「15%基準」を満たしていても、垂直型反競争的合意が違法とされる可能性があることに留意が必要です。

その意味で、改正独禁法で導入された垂直型反競争的合意に関するセーフハーバー制度は、マーケットシェアが一定基準以下であればその他の要素を検討することなく問題ないと判断される本来の意味でのセーフハーバーではなく、当局が反証可能な推定にとどまるものといえます。

【関連リンク】


Authors

弁護士 趙 唯佳(三浦法律事務所 カウンセル)
PROFILE:2007年中国律師資格取得。2007~2019年森・濱田松本法律事務所。2019年4月から現職

弁護士 大滝 晴香(三浦法律事務所 アソシエイト)
PROFILE:2017年弁護士登録(第一東京弁護士会所属)。2017~2020年3月北浜法律事務所。2020年4月から現職。

袁 智妤(三浦法律事務所 中国パラリーガル)
PROFILE:2018年中国法律職業資格取得。2018年中国華東政法大学卒業、2021年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。2021年7月から現職

弁護士 渥美 雅之(三浦法律事務所  パートナー)
PROFILE:2009年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2006年~2008年公正取引委員会、その後、森・濱田松本法律事務所、U.S. Federal Trade Commission出向、株式会社LIXIL コンプライアンス調査部長を経て、2019年1月から現職。

弁護士 井上 諒一(三浦法律事務所 パートナー)
PROFILE:2014年弁護士登録(第二東京弁護士会所属)。2015~2020年3月森・濱田松本法律事務所。2017年同事務所北京オフィスに駐在。2018~2020年3月同事務所ジャカルタデスクに常駐。2020年4月に三浦法律事務所参画。2021年1月から現職。英語のほか、インドネシア語と中国語が堪能。主要著書に『オムニバス法対応 インドネシアビジネス法務ガイド』(中央経済社、2022年)など

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