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Heaven(25話) ――どんな未来になったとしても、僕らは誰かを想うだろう 【連載小説】 都築 茂

「武器を持った相手には、武器で対処することしかできないとしても、それ以外の方法があるかもしれないって、オレは思い続けたい。」

 タケルはいつになく必死な様子で、僕は不思議に思いながら、横にいるマサトの横顔を見た。

 今朝は小雨が降っていて、僕は仕事場に行ったけど、雨足は強くなり、昼過ぎに「早く帰ってもいいよ。」とテツに言われて、タケルとマサトに合流した。武器を確認した後、この後はどうするか、マサトが僕らの意見を求めて、タケルはこう答えたのだった。

 マサトは面白がっているようにも見える表情で、タケルの次の言葉を待っていた。

「今、これを村のみんなに見せたら、使ってみようか、同じものを作ってみようか、っていう話になる。でも、これは人殺しの道具で、便利になってよかった、では終わらない。だから、今はこのまま、この場所に隠しておいた方がいいと思います。」

 タケルの握りしめた手は白くなっていて、強く力を入れているのがわかった。こんな様子のタケルを見るのは、初めてだった。

「オレは、どんな状況になったら、これを使うだろうって考えました。たぶん、自分や大事な人の命が危ないとき、たとえば熊みたいな大きな動物に襲われたら、撃つだろうと思いました。でも、襲ってきた相手が人間だったら、自分や大事な人の命が危なかったとしても、殺してしまったら後悔するかもしれない。もしかすると、慌てて、悪意のない人間を撃ってしまうかもしれない。もしこれが大量に作られて、誰も彼もが持つようになったら、相手がどんな人間か確かめることもせずに、撃たれると思ったから撃った、なんてこともあるかもしれない。どんな人間か知りもせず、悩みもしないで、命を奪いあうなんて、オレは、嫌なんです。」

 僕は、タケルがこんなふうに考える人間だったのだと、初めて知った。いつも日焼けした顔に、屈託のない笑顔を浮かべている友人は、朝早くから漁に出かけていても、そこそこ魚が獲れれば早起きも報われるのさ、と言って飄々としていて、物事を深く考えることなんかないんだろうと僕は決めつけていた。

 マサトは、話の途中でも表情を変えず、タケルの必死さを全部、受け止めているように見えた。それから、ゆっくりと僕のほうを見て、言った。

「ユウヤは、どう思う?」

 何も考えていなかったことを恥ずかしく思いながら、僕は言った。

「僕は、武器をどうするかは、村の大人たちが決めることだと思って、深く考えませんでした。でも、」

僕はそこで言葉を止めて、マサトは促すように少し首をかしげた。

「でも、どう使うんだろうっていう不安はあります。漠然としているけど、大きな不安が。だから、タケルの言う通り、このまま隠しておくなら、僕は賛成します。」

マサトは、何度も、自分を納得させるかのように、うなずいた。

「僕も、そうしようと思う。二人の意見が、僕と同じで安心した。」

 そう言ってから、足元にあるケースを見下ろした。

「将来、かつての歴史を繰り返すように、人々が争い、奪い合う時代が訪れるかもしれない。でも、今の僕らには、まだ、その危機は訪れていないし、心の準備が必要だと思うんだ。」

しばらくの間、僕らは無言でケースを見つめた。ケースを見つける前と後で、世界は変わってしまったかのような錯覚を覚えた。僕らは、元あった場所にケースを戻して、誰かが見つけてしまわないように、しっかりと隠した。


――― 26話へつづく


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