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Heaven(26話) ――どんな未来になったとしても、僕らは誰かを想うだろう 【連載小説】 都築 茂


次の日も朝から雨で、僕は仕事場に顔を出して雑用を片付けた。昼を過ぎたところでまた「帰っていいよ。」と言われて、図書館に来た。
借りていた本を返して、2階の奥の、人気のない窓辺の椅子に僕は座った。本を読む気にはなれない。窓に雨粒が当たっていて、いくつかの小さな粒が集まっては大きな粒になって、流れ落ちていく。外には大人が大の字になって入っても余るほどの、大きな水たまりがいくつかできていて、雨粒が無数の波紋を作っている。
昨日のケースのことが気にかかっていて、気分は晴れないままだ。タケルの言葉が何度も頭の中によみがえる。心の準備が必要だ、とマサトは言った。ケースのことを知っているのは僕ら3人だから、準備が必要なのは僕らなのか?
ナオはあのキスの後、何ごともなかったかのように普段通りで、僕は困惑していた。あのキスは何だったのか、聞けば答えが返ってくるのかもしれないけど、聞いてどうするのかと自問自答するだけで、聞けずにいた。
新婚の夫婦に頼まれたテーブルと椅子も、時間があるわりに進まない。灰色の雲に覆われた空のように、僕だけが時間が止まって身動きがとれないような錯覚に陥る。
ハルが歌っていた歌を、もう一度聞きたいと思った。頼んだら、歌ってくれるだろうか。でも、あの日、家の外で雨宿りをしながら聞いた時とは、違って聞こえるのかもしれない。小さかったハルを、思い出す。両親は仕事に向かう時に、いつも僕に言った。お兄ちゃん、ハルのそばにいて、守ってあげてね。面倒に思って邪険にしたり、口ゲンカをしたりすることもあったけど、それでも僕はハルのそばにいた。ハルも、両親の言葉の意味が分かっていたのか、僕から離れることはなかった。
漠然とした不安が、あの武器の入っていたケースを見つけた時から僕の中にある。
何から、何を守りたいのか。何と戦うのか。僕は何がしたいのか。
椅子の背もたれに寄りかかって、目を閉じた。
カンナやコウイチは、今何をしているだろう。あの二人も、雨が続くと仕事ができない。カンナは、室内でできることをあれこれ見つけて、忙しくしていそうだ。コウイチは僕と一緒で、もしかすると暇を持て余しているかもしれない。鷹のリクと、うまくやっているだろうか。
とりとめもない考え事をしていたら眠ってしまったらしく、首がガクッとして目が覚めた。頭を小さく振る。外の景色はさっきと変わらなくて、少しの間、眠ってしまっただけのようだ。
薄暗い図書館の中を見渡すと、人影はなく、僕は椅子から立ち上がった。
1階に下りると館内には人がいて、カウンターにアキの姿もあった。僕がカウンターに近づくと、アキが不思議そうに軽く首をかしげて、微笑んだ。
「今日は何も借りていかないの?」
「何だか気が乗らなくて。」
ふうん、とアキは答えながら、近くにあった本を差し出した。
「これ、持ってく?
 昔の神様のお話し。子供向けだけど、面白かったよ。」
僕は受け取って、パラパラとページをめくった。挿絵が入っていて、童話のようだけど、ページ数は多い。表紙には、“神話”の文字があった。
「借りていこうかな。」
「うんうん、こんな天気だし、本でも読まないと退屈でおかしくなっちゃうよ。」
アキは笑って、そう言った。

――― 27話へつづく


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