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Stones alive complex (Cantera Opal )

降り止む気配がまるでないうっとおしい雨の午後は、ブレードランナー気分でうどんヌードルをすする。

SF映画の宇宙船の食堂なら自動食物生成装置へトレイを突っ込めば、好きな食べ物が瞬時に配膳されるが。
ここでは自動食物生成装置よりもはるかに優秀で機敏さに溢れたおばたんが、寸分の無駄もない動作からトレイへキムチと卵が乗ったヌードルをビールのポスターへよそ見してる一瞬のスキのうちに乗せていた。
数年間、乳幼児の上げ下ろしをした経験がなければできないはずの上腕筋の使い方だとブレードランナーとして培われた見識から見抜く。
彼女は人造ではない。
紛れもなく人間だ。

脇をしめてトレイを運び、なるべく正体が見破られない端っこの席を確保した。

もしかすると後ろから肩を叩かれ、レプリカントを捜査する現場へ公式に復帰するよう依頼されるかもしれんと背を丸めた姿勢で箸を動かしながら、隣の席で飛び交ってる旬な他人様の噂話へ耳をつっこむ。
今や、公共のニューストピックよりもネットやリアルな口コミが拡散するゴシップの方が情報の信ぴょう性が高い。尊敬するメン・イン・ブラックのKもゴシップ新聞から有力な手がかりを掴もうとしていたではないか。

「あらやだ!もうこんな時間!
コンインランドリーへ取り込みに行かなくちゃ!
ほんとに梅雨時って、洗濯物が乾かなくて嫌よねぇ~」

なん・・・・・・だ・・・と?!

主婦グループの家計節約ランチ会らしき集まりから、いそいそと立ち去る見知らぬ情報提供者を見送り。

剣よりも強き武器となるカンテラ製の捜査ペンと捜査ノートを取り出して、すぐにその有力な情報を書き留めた。

『なぜレプリカントのジャケットの裏地だけスパンコールに輝くのか?
その理由は、鬼気迫る勢いで毎日洗濯物を乾かしてくれる母ちゃんがいないからだ』

一度始めたら最後まで捜査をやり抜く不屈の覚悟を貫くためには、最後まではやり抜けなさそうな事柄へは一切首を突っ込まないこと。

そんな慎重論はじわじわと首を絞めるってことは痛いほど分かってる。
聞き込み先で出されたスリッパを履くほどこの捜査に時間的余裕などはないってこともな!

声なき覚悟の復唱から我に返ると、いい意味で七味唐辛子を余分に太麺へと振りかけていた。

限りなく赤に近い黄色に染色された、ひとすじの麺をすすっただけで、
眉が『ー』から『~』になる。舌先から集中力が蘇ってきた。

残された隣の2人のメンバーは雨の御堂筋を鼻歌でハモりながらカレーを口に運んでる。

うどん屋にカレー。
牛丼屋にもカレー。
ドーナッツ屋にはパスタ・・・だ・・・と?

こんなにもアイデンティティを混沌とさせてくる街へ、人間のようで人間でない者たちが紛れ込むことなど、ハンバーガー屋がオマケだと言い訳してオモチャ屋に成りすますよりたやすいわけだ。
ミニオンズものには、いつも心を動揺させられてしまう。フィギュアマニアとしての一面もあるブレードランナーだが・・・いまのところ勝敗は、五分と五分だ。

『人間のレプリカは、この店にもいる!』

捜査ノートへ、デカの直感も書き加える。
何度も人生の危機から救ってくれた直感。
そいつは同時に。
何度も人生の危機へ放り込んできた直感でもあった。

誰も信じるな。
自分でさえも。

だが、最後まで相棒だと信じて疑わなかった味付け海苔。
こいつすらも、上品だった黒色からスープが全身に回った不気味な漆黒へと毒され、分子レベルにまで及んだ繊維崩壊がつくる無念な皺でうす笑いながら醤油味の大海へ溶け去ろうとしているとは・・・
さっさと食わなくてすまん相棒、あばよ、またいつかどこかで会おう。
捜査が無事に完了したら固い絆の握手をしようと最後までとっておくつもりが裏目にでた・・・こいつは手痛い初動のミステイクだ。

ざっくりと箸で器の深層をかきまわせば、真実の湯気でメガネの強化プラスティックレンズが涙のように氷結のように曇り、視界にフォーカスがかかる。

捜査は始まったばかりだが、
早くも体制の立て直しが必要なようだ。

どうやら。
初々しい情熱が失なわれつつあるぶっかけスープを飲み干すまで、ブレードランナーとして一瞬も気の抜けない捜査ごっこは、この雨のように終わりそうにないぜ。

(おわり)

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