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Stones alive complex (Spectrolite)

探偵小説にちょくちょく登場する、ベテランの風格をかもしつつもその推理があさっての方角へズレまくる警部みたいな態度だった。

「上司にまた怒られちゃって。
凹んだからここへ来る途中で、アンドロメダの買い物ツアーへ行ってたの。
ほんとに、どこへ転職しても短気な上司ばかりに当たってしまうのよ。
まったく私って人は上司運がないわ・・・」

上司運がないのではない。
彼女が怒られるのは、重度の遅刻魔だからだ。
正しく言うなれば、彼女は部下運がない上司のところへばかり転職してゆく。

ここが五番街の交差点跡だとアピールする古い道標の彩度を、小雨が洗い落としている。

彼女が正面に立ち。

そうだ。
この人と待ち合わせていたんだ。
ここでずっと待たされていたんだ。
『待つ』という行為をしていたんだと思い出す。

人を待たせることで自己存在価値を高める彼女のアイデンティティは相変わらずだった。
ロマンチックに表現すれば、
『どういう関係の相手であれ、どういう事情であれ、私のことをずっと待っててくれている人がいる!っつー設定に激しく萌えるタイプ』だ。

彼女は、待ち合わせ場所に到着したらまず言うべきキメぜりふを後回しにしてたのに気がついたらしく。

「あ!ごめん!待った?」

嬉しそうに、謝ったフリをする。

真正面で踊る、てへぺろな口元へ答える。

「うん。待ってたよ。
三劫(くう)ほどね」

「劫って・・・それは時間の単位?」

「そうだよ」

立ちっぱなしだった膝を軽く屈伸し、解説モードに入る。

「劫とは、
百年に一度だけ天女が降りてきて岩山を羽衣で一回だけ擦り、その摩擦で岩山が消えるまでの時間だ。
億劫の語源だね」

「その劫ってやつの・・・」

彼女は細目になり眉をひそめる。

「たった三倍ってこと?」

底知れぬ自意識は、底がない釜を満たすためにクラーケン級の魔物じみたプライドを召喚する。

巨大な鈍器の束に似てる、このビルジング街は。

三劫の時が過ぎる間に、
文明は三度変わった。

小雨が待ち人の街の無数の窓へ降り注ぎ、その向こうで分刻みに決められた角度に回転させられてる文明の歯車を、スペクトロライトな屈折で映し出す。

屈折のパターンが、青いというだけでは表せない混雑な色調をしていた。

「正直に言うとね。
懲りずに君を延々と待っていたというわけではなく・・・
何してるのか思い出すのを待っていたようなんだ」

「忘れていたの?
あれっ?俺、誰を待ってるんだっけ?
的な感じ?」

「いや、ちょっとニュアンスが違うな。
あれっ?俺、なにしてるんだっけ?
的な感じだな」

「待ってるという事すらも忘れてたの?」

「うん。
一劫目の前半あたりからかな・・・」

「かなり早い段階なのね・・・?」

「うん」

彼女の胸の起伏がゆっくりと膨らみ、小雨の影だけを鼻腔へ吸い込む。

「『待たせる』ってね。
『待たせ人』が『待たされ人』の全意識をずっと自分だけへ集中させ続ける!というのが栄養素なのよ。
これじゃあ私の自意識にとって、何の栄養にもなってないわ」

新しい文明が復興するたびに、留学生みたいな気分で立っていた。
しかし、どの文明の隆盛も基本テンプレートどおりの曲線を描く。

「仕切り直しね、最初から」

彼女は踵を返し、いずこかへ去った。

(おわり)

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