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Stones alive complex (Strawberry Quartz)

はかり知れないほど手のひら温度が上昇して、ステアリングが汗で滑る。
年季が入ったドライビングポジションは、
4時50分。
右手が4時を指す短針、左手は50分の長針。
左側通行の日本において、左折の方の切れ角が大きいゆえの構えだ。

混雑したこの参宮御幸道路から「参詣」という色彩を取り去っても、道はまだ「行楽」というスペクトルを残す。

浮き足立った見慣れぬナンバープレートばかりが、路面で乱反射している。

その者たちの可視範囲からは外れた要件で急ぐ我が愛車は一路、蔦屋を目指し。
執行猶予に似た、翌日午前中までの返却期限が刻々と迫っていた。

そして外宮の陽の鳥居を雲間から照らすリアルに真紅な太陽は今、真上に近い。

返却期限うんぬん以前に。
レンタルしてること自体を失念していたのを思いだした執行猶予日の、今朝。

発見されるまでデジタルビデオディスクの黒い袋は、トートバッグの深い超重力の底から微細なモールスで一週間あまり救難信号を発していたに違いない。

朝イチから慌てて見終わっても30分弱の余裕があった。
それから車で飛ばせば、なんとか正午に合うはずだった。

しかし。
理論値と実験値は異なるのが常。
日曜日特有の例外的な渋滞係数までは考慮していなかった。

天と地の縦面に並行するレイラインを、人の気も知らず、のどかに着実に歩む陽の輝き。

『こんにちは』の語源は『今日様(太陽)』
だという異説がある。

もうすぐ、こんにちは。延滞金。

助手席に転がる黒い袋に包まれた『インターステラー』で早朝学習した知識によれば。
カー・ブラックホールの核は自転しており。
そのモーメントで発生したリング上にある特異点を超えることさえできれば、タイムトラベルが可能となるらしい。

必要な知識は、必要とされるタイミングで天から授けられるものである。
ありがとうクリストファー・ノーラン。

ノロノロ運転にまかせて道沿いを探してみるが、コンビニはたくさんあってもカー・ブラックホールがなかなか見つけられない。食販地図を塗り替える激烈なコンビニ戦国時代の御時世、一軒くらいブラックホール化しててもよさそうなものを・・・

シュヴァルツシルト半径と同義となった蔦屋がある街まで渡された度会橋を超えようとする前に、心へとささやいてくる五次元精神的存在。

もう諦め~て、家に戻~って、夜に返そう~や!
も~っぺ~ん、落ち着いて映画もゆっ~くり観なおせる~よ~ん~!

一か八かでワームホールへと入るルートへ右折しようかとも悩む。
ワームホールは俗な言葉では『裏道』と呼ばれている。

カーナビゲーションが発達するにつれ、人知れぬワームホールへとなだれ込んでくる他県からの異星ナンバーが増えてしまい、もはやワームホールとは呼べなくなっているかもしれないが・・・

数値化できないほど薄い可能性のことを、人類は希望と呼びたがる。

(おわり)

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