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となりの敷地の神白さん:第四話【カレーライス】

となりの敷地の神白さん:第一話【天ぷら①】

前話⇒となりの敷地の神白さん:第三話【シュガーバターサンド】


職場でのやり取りがあり、神白夫妻に天ぷらを頂いてから二週間ほどたった。
丁度外に出たタイミングで顔を合わせれば軽い挨拶をする。そんな程度の日が続いている。

多く作りすぎたとか、作りたかったから、という今のお裾分けの頻度が、私には心地良いのかもしれない。

そんなことを考えながら会社から帰宅すると、見慣れたアパートの駐車場に入ったタイミングで「こんばんは」と声を掛けられる。
聞き慣れた声に顔を向けると、神白さんがこちらに向かって微笑んでいた。

「こんばんは。この前は、天ぷらありがとうございました。美味しかったです」

神白さんの奥さんであるともえさんにはお礼を伝えたが、神白さんには直接言えていなかったのでお礼を言う。
既に数週間前ではあるが、「言わないと落ち着かない」という、私の性分だ。

「それは良かった。ところで笹森さん、カレーは好きかな?」

神白さんからの言葉に、内心で首を傾げる。
勝手な印象だが、「カレー」という単語のイメージが神白さんには無かった。

カレーは好きだ。好きではあるが……。何故突然カレーなのだろう。

神白さんがカレーを作りすぎたのか、単純に私の好みを聞かれているのか、神白さんがカレー好きなので同志を探しているのか。
あるいは、カレーが苦手なので引取先を探しているのか。

あまりに突拍子もない質問に、ついつい深読みしてしまう。

「カレーは好きですが……何かしました?」
「実は、夕飯にカレーを作ったんだけど、ともちゃんはカレーを食べないんだよ」
「え!?そうなんですか?」

恐る恐る聞いてみると、神白さんから予想していなかった台詞が飛び出した。
神白さんは奥さんのともえさんのことを、「ともちゃん」と呼ぶのだが、そのともちゃんは、どうもカレーが苦手らしい。

何故苦手なのだろう。カレー好きとしては気になるところなので、今度あった時にでも聞いてみようと思う。

「僕はカレーが好きだから、そういうときはカレーとシチューを作るんだけど、今回はカレーを作り過ぎちゃってね」

わざわざシチューを別に用意するあたりに、神白さんの優しさを感じる。
私の実家であれば、「めんどくさい」の一言で一蹴されてしまう。

「ともちゃんに、カレーがいつまでも冷蔵庫にあるのは嫌だって言われちゃって」

そう言う神白さんは、穏やかに笑う。

おそらく、いつもの夫婦のやり取りなのだろう。
しかし、そのいつものやり取りが、なんだかとても素敵だと思えた。神白さんの独特な穏やかさが要因だろうか。
私もいつか、こんな穏やかな人になれたらと憧れる。

「なるほど……そうでしたか」
「だから、良ければ貰ってもらえると嬉しいんだけど」
「私で良ければ、喜んで。有り難く頂戴します」

押しつけではなく、純粋な提案という形の神白さんからの言葉に、自分でも驚くくらい、快く返事が出てきた。

「ありがとう。助かるよ。ちょっと待っててね」

そう言って、勝手口から家に戻った神白さんだったが、ものの数分で外に出て来た。
その手には、白いカレー皿によそわれたカレーライス。
カレールーの海の真ん中には、半分に切られた綺麗な黄色い黄身のゆで卵が浮かんでいる。

「わ、美味しそう……!」

思わず言葉がこぼれてハッとする。
自分が発した感情そのままの言葉によって、気恥ずかしさに襲われるが、口から出たものは戻すことは出来ない。
想像以上にお腹が減っていたのだろうかと思いながら神白さんの方を見ると、穏やかに微笑んでいた。

「うん、うん。笹森さんはいつも喜んでくれるから嬉しいよ」
「いやあ……いつも貰ってばかりですみません」
「そんなこと無いよ。いつも美味しく食べてくれてありがとね」

神白さんからの言葉が、じんわりと心に染みる。

「ありがとうございます。頂きます」

感謝の気持ちを伝えたいのに、カレーライスのよそわれた皿を受け取りながら、今の私からは、そんなありきたりな言葉しか出てこなかった。

- - -

アパートに帰宅し、夕食の準備をする。
電子ケトルでお湯を沸かし、お気に入りのマグカップにポタージュスープを作って、頂いたカレーライスと並べる。
早速、カレーライスをスプーンですくって一口食べる。

甘口のカレーライスからは、野菜のやわらかな甘さを感じる。
ゆで卵は白身の部分が綺麗に剥かれており、やわらかい。

いつも自分が作る辛口のカレーライスとは違った美味しさに、癒やされる。
たまには甘口のカレーを作ってみても良いかもしれない。

カレーライスを口に運びながらそんなことを考えつつ、神白さんからカレーライスを受け取ったときのことも思い出す。

もう少し、言葉のボキャブラリーを増やしたいものだ。
自分の気持ちを言葉にするのは難しい。難しいが、世の中、言葉にしなければ伝わらないことだらけだ。
少しずつ、着実に、自分なりの言葉を見付けられたらと思う。

手始めに、今度お礼を言うときはもう少し違う言葉を贈りたい。
それに、お皿をただ返すのも忍びない。

「たまにはお菓子でも作るか……」

そう決心して、私はやさしい甘さのカレーライスを噛みしめた。

⇒となりの敷地の神白さん:第五話【きな粉の型なしタルト①】

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