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マンガノート③ 林静一の前衛マンガ 『赤色エレジー』

『赤色エレジー』は1970年から1971年にかけてマンガ雑誌「ガロ」に連載された劇画で、あがた森魚の同名ヒット曲のモチーフになった作品として一躍有名になりました。レコードのジャケットも林静一が描いています。

あがた森魚『赤色エレジー』1972

それぞれ家族に問題を抱えた貧しいアニメーター、幸子と一郎の同棲生活と切ない別れを描いた作品と言ってしまえば月並みですが、この作品の非凡なところは、その前衛的な表現方法にあります。

主に使われている表現技法は省略法。普通のストーリーマンガなら一つの出来事を描くのに、十数のコマと多くの台詞を費やして説明するところを、この作品ではわずか数コマと最小限の台詞で済ましてしまうのです。

コマとコマの間が省略されているので、読み手は、その間にどんな絵や台詞があったのか想像しながら読むことを強いられます。コマ間の飛躍が大き過ぎれば訳が分からなくなって、それ以上読むのをやめてしまうでしょう。そうならないのは、絶妙なバランス感覚が働いているからです。 

小説では、その作品を深く理解するためには行間(間接表現)を読まねばならないと言いますが、この作品ではそれとは意識しなくても、自然に「コマ間」を読まされていくことになるのです。

読者の想像(創造)にまかされた部分が大きいだけに、読み手の既有知識や経験、関心角度、年齢などによって様々な読み取りが可能になります。  萩尾望都の『半神』とはまた別の意味で、読み返す度に新たな発見や感動があるのはそのためです。

ごく単純なストーリーなのに、何度読んでも飽きが来ない。昔のサイレント映画のように台詞に頼らず、何よりも絵(画)に語らせようとする作者の実験精神が見事に成功しています。

省略法の他にも、草食系で頼りない一郎と儚げで可憐な幸子のキャラクターデザイン、時々挿入されるシュールなカット、白と黒の対比による感情表現なども大きな効果を上げています。

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多分この作品がなければ、数年後の大ヒット作上村一夫の『同棲時代』やいわゆる四畳半フォークなども生まれなかったかもしれません。      

最近では、きらたかしがマンガ『赤灯えれじい』でオマージュを捧げています。

林静一の以前の職業は東映動画のアニメーターで、宮崎駿とは同期だったとのこと。NHK朝ドラ「なつぞら」で制作過程が描かれていた高畑勲の傑作アニメ映画『太陽の王子ホルスの大冒険』(1968)の制作が一時中断になったのを機に、東映を退社したそうです。

ということは、この作品には、自伝的要素も色濃く反映しているのでしょうね。退社せずにそのまま東映に残っていれば、我々は『赤色エレジー』には出会えなかったかもしれません。

『赤色エレジー』は、NHK土曜ドラマ「劇画シリーズ」の1本として1976年にドラマ化されています。『花に棲む』という題名で、篠田三郎と大谷直子主演、演出は和田勉。

同シリーズの他の2本、つげ義春原作『紅い花』(佐々木昭一郎演出)、滝田ゆう原作『寺島町奇譚』(江口浩之演出)はその後何度か再放映されていますが、『花に棲む』は一度も再放映されていないのが残念です。ぜひ再放映してほしてものです。

                                  映像化作品は、ドラマの他に林静一自身の監督・脚本による短編アニメーションも作られています。                      音楽は、勿論あがた森魚。

元アニメーターである作者自らアニメ化ということで、期待して観ました。しかし、残念ながらストーリーを表面的になぞっただけという感じで、成功作とは言えません。

ナレーター本人(30年後の一郎?)が画面に登場することにも、非常に違和感を感じました。説明過剰のナレーションは全く不必要で、画と最小限の台詞だけで勝負すべきでした。    

作者によると、アニメーションではなく、画ニメーションなのだそうです。確かに絵は、あまり動きませんね。


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