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小野寺史宜『縁』を読んで、心のものさしについて考えた


心のものさしとは

定規の話ではない。価値観とか常識とかをはかる、心のものさし。自分のものさしに合ってないなぁ…ってことを言ったりする人、周りにいませんか?


小野寺史宜さん『縁(ゆかり)』を読んだ。小野寺作品は『ひと』『ライフ』そして『縁』とまだ3作品しか読んだことはないが、今私が一番好きな作家さんと言っても過言ではないくらいにドハマリしている。


小野寺作品の舞台はいつもなんてことはない日常のお話だ。登場人物と同じ状況になった経験はないはずなのに、妙に感情移入できてしまうのが小野寺作品の魅力。それはきっと小野寺作品の登場人物たちが、心のものさしで世の中の理不尽やズルさにストレスを感じながら、どうにかうまく立ち回ろうとしているからだ。


ストレス人種

『縁』の登場人物たちも然り、心のものさしを利用してどうにかうまく立ち回ろうとする。本作中の文章には、登場人物(そして私)がストレスを感じてしまう人種が記されていて、それは以下の通り。


○自分の理屈で勝手なことを言い出す人たち

○それで他人の心を動かそうとしてしまう人たち

○立場の優位性をとことん利用してしまう人たち


私だけじゃなかったんだってわかって、何となくホッとする。こうしてちゃんと言葉で具体的に示してもらえたら、より一層共感できるし、私は”そう!そうなの!”と納得もできた。そして小野寺さんは、こうした”ちょっとイヤな奴”を描くのがとても上手い作家さんだ。


正しいことばかり選べない

ズルして得する人が特に許せない。私もそうだ。心が狭いと言われればその通りかもしれない。でも、自分のものさしが必ずしも正義ではないということは分かっている。自分の正義を振りかざすのは、一歩間違えたら前述の”イヤな”人種と同じだ。自分のものさしに合わないからと言って、他人を責めるのはたとえそれが『正しいことであっても正しいやり方じゃない』と。『嫌なことがあった。だったらいいことがあっても不思議じゃない』。


娘から聞いた母の言葉を思い出す。"「嫌だなと思うことが続いても同じだけ良いことがあるからね。今は辛くても大丈夫、頑張るんだよ。」っておばあちゃんが言ってた!”と。まさに一生のうちで良いこと、悪いこと、同じ数だけ訪れるんだと信じることができる。だったら頑張れる。共感できて、泣けて、読後は清々しい。そんな気持ちにさせてくれた一冊でした。



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