[小説] 陽光が月肌を撫でる。 (1)
女の子にバレエを見に行こうと誘われた。僕はバレエになんか興味はなかったし、そもそも、芸術に関して興味があったわけでもなかった。
大方予想すると、僕はバレエを見ているうちに段々と眠くなって、気づいたらもう終わってるみたいなことになると思った。
僕は今までにコンサートみたいなものに、何回か行ったことがあったと思う。
最初は、”しまじろう”のコンサート。ほとんど何も覚えていない。振り返るにはあまりに幼少期の出来事すぎる。
次に記憶があるのは、妹のピアノの発表会だった。彼女はとても上手にピアノを弾いたし、僕の妹ということもあって眠りはしなかった。けれど、その後の人の演奏は何も覚えていない。気がつかないうちに眠ってしまったのだろう。
バレエといえば白鳥の湖だろうか。本当に申し訳なく思うのだけれども、コメディアンが白鳥の頭がついた衣装で、めちゃくちゃに騒いでいる様子しか思い浮かべることができなかった。
そんな、芸術に対してなんの知識も興味も持たない僕をなぜ彼女は誘ったのか、甚だ疑問なのである。僕は、二つ返事で「ok, なかなか楽しそうだね」と答えた。
断る理由なんてない。女の子に誘われたのだから。
その女の子は、首周りや腕周りにパイピングが施された、ややくすんだオレンジ色のロング丈ワンピースにフレアスリットデニム、それにマルジェラのtabiブーツという着こなしだった。
手に持っているA.P.C.のトートバッグには、何やら沢山の教科書だか文庫本だとかが入っているようで、女の子が動くたびに色々な大きさの長方形が浮き沈みした。
女の子と僕は高校時代に同じ部活(僕らは剣道部だった。彼女はとても強く、よく大会に出場しては表彰されていた。その一方、僕は大会に出させてもらえなかった。彼女と僕が試合をしたら、僕はかけ値なしに負けるだろう)で、その頃から度々他の友達と一緒に遊ぶことがあった。
高校卒業後も仲間数人で遊ぶことがあったのだけれども、僕とその女の子がたまたま大学の最寄駅が同じだったから、2人で遊ぶことも多かった。
今いるのもその最寄駅から徒歩1分ほどにあるカフェだ。よくこのカフェで待ち合わせをして、近況報告だとか、一緒に課題をやったりだとか、そういうことをする。
ただ、バレエに誘われるとは思っていなかった。女の子が、そんな趣味を持っているとは思わなかった。
僕は、
「でも、急にバレエだなんて、そんな趣味あったっけ?」
と尋ねた。どうして行こうと思ったのか、何かヒントが欲しいのだ。
「わたしも結構意外なの。友達の友達の学生団体が主催なんだけれど、友達にチラシを渡されたの。いつもだったら、興味ないってキッパリ断るところなんだけれど、なんか今回は行ってみたいなって思ったの。でも、一人で行く気にはならないから、あなたを誘ったの。あなたなら付き合ってくれる気がしたから」
「その予想は当たったね。もちろんついていくよ」
正直言って、何で行こうと思ったのかいまいち話の筋は分からなかった。
けれども、ここでさらに何故?と問いかけても納得できるような答えは返ってこないような気がしなかったので、それ以上尋ねないことにした。
僕らはそのあと、集合場所や時間を決めた。集合するのは会場の近くのカフェで、SNSで結構話題らしい。女の子は結構流行り物が好きなのだ。
カフェでゆっくりコーヒーを飲んで、心を落ち着かせてから、バレエを楽しもうということになった。
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この話の続きは....
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