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忘れる事は幸せな事である

忘れる。

どちらかといえばネガティブなイメージが付き纏いやすい言葉だと思っている。

忘れ物をする、忘れちゃってテストで答えられなかった、伝え忘れてトラブルになる、、、

忘れる事に関するエピソードには、明るく前向きなエピソードよりも、うっかりやっちまったアイタタエピソードが付き纏いがちだ。

さらに、私に忘れる事へのネガティブなイメージを増強したこんなエピソードもある。

祖母の認知症が進行していたころ、元々記憶力のよかった祖母のそれが衰えていく事に苦悩する姿を見て、虚しさを感じずにはいられなかったのだ。

子どもの頃から、忘れる事に対してはどうしてもネガティブなイメージが変えられなかった。

しかし、今日はある本を読み、忘れる事は幸せな事なのかもしれない、と改めて感じている。

ある本とは、『キツネ山の夏休み』(富安陽子)という一冊の児童文学である。


ちょうど小学校3年生の頃の夏休みの課題図書の一冊として紹介されて、当時数冊あった課題図書の中で最も気に入り、夢中になって読んだ事を覚えている。

当時8歳くらいだった私は、ちょうど主人公と同じくらいの年齢であり、その主人公が夏休みに田舎のおばあちゃんの家に一人で遊びに行き、そこでの出会いや冒険、そして別れを経験する話に憧れた。

私自身は、両親ともに割と都会育ちで、田舎というものがなく、この本にあるような経験は一度もした事がなく、子ども心に自分もこんな経験がしたいと願ったものだ。

そしてこの本を小学校3年生の頃に読んだ時、なぜ続きがないのだろうか?ととても不思議に思った事を覚えている。


この本の最後に、主人公が田舎で出会い友達になった相手と別れる場面があるのだが、「また会えるよね」と何度も念押しするシーンがある。

そして、友達は「おまえが、わすれなければな」と答える。

そして主人公は「ぜったいにわすれない」と返答する。

当時、主人公と同じ年齢だった私は、こう思った。

『こんな大冒険を一緒にした相手を忘れるわけないやん!大丈夫、また来年会えるって』

私は主人公の思いをそう信じたし、だからこそ、この本の続編はいつ出版されるのか、その後数年に渡って楽しみにしていた。

ところが、出版されてもうすぐ30年経とうとしているが、続編はもちろん出版されていない。

なぜ出版されないのか。

それは、この主人公が忘れてしまったからだ。

大切な思い出を忘れてしまったからなのだ。 

子どもの頃の私は、こんな大切な思い出を忘れるなんてあり得ないと思ったし、なぜ田舎で出会った友達が、「おまえが、わすれなければな」なんて事を言うのか、不思議で仕方なかった。

でも、大人になった今ならわかる。

人は、忘れるのだ。

どんなに楽しかった思い出も経験も、そして、どんなに悲しかった思い出も経験も、あの時感じた感情そのままで記憶しておく事はできないのだ。

一年経ち、二年経ち、、やがて記憶は新たな感情を伴って上書きされていく。

当時感じたそのままの感情で思い出を留めておく事はできないのだ。

新しい経験をして、新しい人と出会って、少しずつ記憶が薄くなっていく。

そうやって、人は忘れていく。


だから私は、忘れる事は悲しい、そう思ってきた。

大切な人との楽しかった思い出さえ忘れてしまう、それが悲しくて仕方なかった。

やっぱり忘れる事へのネガティブなイメージは払拭できなかった。

そんな私に、『忘れたらいいんですよ』と、この1年くらい言い続けてきた人がいた。

はじめは、なんて事言うんだ!と思った。

忘れていいわけない!とけっこう抵抗した。

その人は、他にもっと大事な事を言っているはずなのに、私にはその一言しか耳に入ってこなかった。

ところが、その人との別れが近づいてきたこの2ヶ月の間、いろんな事が思い出せなくなってきた。

つい3日前にとても楽しかった事が、もう何年も前の事のように、霞がかかったように思い出せない。

周りにこんな風に言ってたよ、と導いてもらうと思い出せるのだが、自分一人だと、思い出せない事が増えてきた。

一瞬、祖母の姿を思い出し、自分の認知機能の衰えを疑いもしたが、そういうものでもないと解った。


私自身が忘れたがっている事に気づいた。


あんなにも忘れる事は虚しい事、悲しい事だとネガティブなイメージをもち、忘れる事に抵抗して生きてきた私が、忘れたがっている。

自分の事なのに、大きな衝撃を受けた。

信じられなかった。

なぜ。

なんのために私は忘れたがっているのだろうか。

その答えが、30年近くも前に出版されたこの本に、はっきりと書いてあった。

答えは、30年前に読んだ時には全く心に残らなかった一文にあった。


物語の終盤、田舎に住むおばあちゃんが主人公に向かってこんな話をする。

「時がたてば、みんなわすれてしまうのね。なによりもたいせつだと思っていたこと、むちゅうになっていたこと、それがみんな、だんだん色あせてね。そうやってわすれていくからこそ、人間は新しい場所で、新しく暮らしていけるんでしょうね」(「キツネ山の夏休み」富安陽子 p.231より引用)

主人公はその意味が理解できずにこう言い返す。

「でも、ぼくはわすれないよ」


まるで、今の自分を見ているような一節だった。

忘れる事を善しとせず、必死に抵抗する小学生の主人公の姿は自分そのものだった。

けれども同時に、今の私にはもう、このおばあちゃんの言葉の意味が分かるようになってしまっている事にも気づいた。

そう。
新しい場所で、新しく暮らしていけるように、私は忘れたがっていたのだ。


『忘れたらいいんですよ』と言った人の導きを頼りに生きてきたこの数年。

その人が自分の目の前から消えると知ってからのこの半年。

私は必死で自分のために生きてきた。

灯台を見失った嵐の中の小舟に乗った気分で、必死で自分のために生きてきた。

そうして必死で生きてきて、ようやく理解できた。

私は忘れる事で、新しい人生を生きる覚悟をしていたのだ。

いつの間にかあんなにも抵抗していた忘れる事を受け入れ、新しい自分として生きる覚悟を決めていたのだ。


実は昨日の早朝、新しい自分として生きていきます、と勢いよく仲間内には宣言していた。

でも、そこからずっと一日中、ちょっと気が緩むと涙が止まらなくて、何度も泣いていた。

やっぱり名残惜しくて、寂しくて、悲しくて、何も変わらないでいて欲しいと思ってしまう自分が、ちょっと気を緩めると顔を見せてきた。

宣言したのに私は新しい自分として生きる覚悟は全然決まっていないんだな、と自分にガッカリしていた。

そんな私に、この本がメッセージを送ってくれたのだ。

30年越しに現れて、私の人生を応援してくれているのだ。

大丈夫、あなたはもう覚悟を決めているよ、と。

あとはあなたが行動するだけだよ、と。

私は、30年経ってあの大好きな物語の続きを、主人公のような大冒険に憧れた私が、自分自身の人生で描いていた。


人生って、本当に面白くって親切だ。

30年前にひたすらワクワクして読んだ本が、こうして40歳を目前に控えたタイミングで自分の人生を応援してくれるなんて。

30年前には万に一つも考えもしなかった。


忘れてもいい。

忘れても大丈夫。

忘れる事を悲しまなくてもいい。

だって、大切な事は、必要な事は、必ずあなたの目の前に現れてくれる。


本当に私の人生は、面白い。

『面白きかなこの人生、全身全霊で味わいつくします』

私の人生は。

私は本当に面白い。

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