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*読了6冊目*『黄色い家』

『黄色い家』川上未映子著 を読んだ。

生きるって大変だ。
何度そう心の中でつぶやいただろう。

とにかくやりきれない。
そこでその道を選ばなければこんなことにはならなかったのに…と思える瞬間がひとつもない。
この家に生まれて、こういう親で、こういう経済力で、こんな風に育てられて、本人の学力はこれくらいで、こんな人間関係で…と積み重なっていったら、もう誰でもこうなるしかないだろうと思えてしまう。
その逃げ道のなさは、おそらくその親の代、そのまた親の代からずっと連綿と続いているものなのだ。

特に一番逃げ道の無いのが黄美子さんで。
登場した時は一番の自由人に見えた黄美子さんが、実は一番どこにも行けない人なのだと分かった時には悲しくて悲しくてたまらなかった。

だけどこれは普通じゃない人たちの普通じゃない生活の話では決してなく。
この逃げ場のない息苦しさは、多かれ少なかれ誰でも感じているものなのではないだろうか。
どんなに恵まれているように見える人でも。

そのせいなのか、登場人物のほとんどすべてに共感してしまって、都合よく憎める相手が誰も居なくて、それはそれで余計に苦しかった。
誰も悪くないのになんでこんなにみんな不幸なのかと。

唯一スカッとしたのはバカラのことを語るヴィヴさんの場面で。
それはいわゆるスポーツ選手がゾーンに入った時のような感覚だと思うが、
これだけ「金」というものがクローズアップされた物語の中で、その「金」が無意味になる瞬間について語られたシーン。
ヴィヴさんはそれを「天才になる」と表現していたが。

すべてのものが手に入った瞬間、そのすべてのものが無意味だと気づける。
それを悟った時に、ヴィヴさんはこの雁字搦めの世界から抜け出して、全く違った生き方をできる可能性があったはずなのだが、また馴染みの日常に戻って行ってしまった。

この時のヴィヴさんの会話の中にほんの一筋の光を見た以外は、ひたすら逃げ道の無い話が続いていた。

だが、最後の最後で花が黄美子さんに言ったひとことにも一筋の光を見た。
「頭を使えるやつ」であるはずの花が、何の得にもならない選択をした。
が、黄美子さんが返した答えはやはり何の損得勘定も無い答えで。
ああ、この人だけは最初からずっとこうだったと。

頭のいいやつも悪いやつも、少しでも自分の得になるようにと出来得る限りの計算をし尽くして生きている。そんな中で、黄美子さんだけが最初からこうだった。
この「全く計算をしない人」の存在もまた「天才」と正反対であるにもかかわらず、この世にほんの一筋の光を投げかける存在なのだと思った。



















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