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【意志あるところに道はある】ケイイチ ちゃり旅20年の道のりVol.39 3年8ヶ月ぶりの再会

エベレストに登頂したことをどこかで聞きつけて、日本のテレビ局が取材に来た。タイトルは「連れ戻したい、放浪息子の行末は」だった。
海外で生活している人に会うために、日本から家族などがやってくると言う番組。

実は少し前、実家に電話した際に、TV局からそう言うオファーがあったけど、父親が嫌がって断った、と言う経緯を聞かされていた。
それはTV嫌いの父親らしいな、と思って、聞き流していたのだ。

その日ケイイチは、カトマンズから少し離れたパタンという街で、いつものように路上で芸をしていた。

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いつものように人が集まっていた。
人々の驚く顔、楽しむ顔を見ながら、手品を披露する。

視線の端、少し遠くに日本人のような女性の姿が見えた。
でも、カトマンズの辺りは旅人が集まる場所なので、日本人がいてもおかしくない。
さして気にも止めていなかった。
その女性は、少しずつ、こちらに向かって歩いてきていた。
どうしても、その雰囲気が、佇まいが、母親に似ている気がしてならなかった。

でも、こんな場所にいるわけがない。

気のせいだと思い込もうとした。
女性はどんどんと近づいてくる。
似ている.似過ぎている。

っていうか、本人?

いるわけがないが、もう、紛れもなく母だった。

夢かと思った。
なんでこの場所を知っているのか。
母は手品に群がっている人々のすぐ後ろまでやってきた。

そして、その時、カメラを構えた人、マイクを持った人、そしてタレントの松崎しげるさんが目に入ってきた。

TVじゃん、、、、。

実は、母親が来ることを知らないのはケイイチだけだったのだ。
アツコさんも、カトマンズの知り合いも、みんな知っていた。
1ヶ月も前から用意周到に準備されていたのだ。
思い返せば、何か様子がおかしかったような気もする。

すっかりハメられた。

驚きと喜びと、あと何か表現し難い気持ちの中、言葉にならない声で、「なんでここにいるの?」というようなことを叫んだ。

番組のシナリオでは、ケイイチはお金も持たずに自転車で世界を放浪していて、現在ネパールで行方不明、ということになっていた。
最近、エベレストに登頂したらしいという噂を聞いて、母親が意を決して連れ戻すために会いにきた、という設定。
ケイイチを探すために、写真を街ゆく人に見せて、知っているかと聞く。
そうして探し回っているうちに、路上で手品をしているケイイチを見つける、という設定。
感動の再会、という設定。

とにかく設定が多い。
そしてそれはまだ続く。
母親と再会したことで、一緒に帰国するのか、このまま放浪をするのかを迫られる。
そして、母親を振り切って、インドに向かって旅立つ、という設定。

2,3日、一緒に過ごした後、インドに旅立つというケイイチを母が見送ってくれるシーンの撮影をした。

この時、ケイイチはインドに行くつもりなどなかったし、そもそもインドビザを持っていないので、入国できるはずがないのだ。
なので、別れのシーンの撮影だけが行われた。
「カット!」の合図で、ケイイチが自転車を押して戻ってくると、母が泣いた。大粒の涙をこぼして、見栄もなく泣いた。
ケイイチの母は、芯の強い、暖かい人で、これまで泣くところなんか見たことがなかった。

その母が泣いている。

本当にケイイチがインドに行ってしまうと思い込んでいたのだ。
自分がテレビカメラを連れてきたことで、予定を早めなくては行けなくなったと勘違いしていたのだ。
母は番組のプロデューサーに向かって、泣きながら文句を言っていた。
親の子への想いは、想像を絶する。
子が思っている以上に、その何倍も何十倍も、親は子を想っているのだ。
世界中が敵になっても、この人は自分の味方だろうな。
ケイイチはそう思いながら涙を拭った。

母が日本に帰った後、今度は父が、ケイイチに会うためにカトマンズへやってきた。
70歳を超えた父の初めての1人海外旅行だ。

空港へ迎えに行くと、黄色のTシャツにオレンジのバックパックを背負って、「元気そうでよかった」と笑って言った。

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父は、ケイイチがお世話になった人を集めて、エベレスト登頂祝いをしてくれた。その酒の席ですっかり酔っ払った父が、「ありがとう、ありがとう」といいながらビールを注いで回っていた。
「息子がお世話になりました」と陽気に言いながら、一人一人に深々と頭を下げていた。

「うちの息子は幸せだ、君たちにような人に囲まれて」
父の本当ににこやかな笑顔に、ケイイチは泣くしかなかった。

登山が趣味だった父は、エベレストに登ることが夢だったと言う。
でも、「お前が登ったから俺は満足だ」と言ってくれた。
高度経済成長の中で、働くしか選択肢のなかった父には、海外での登山など夢のまた夢でしかなかった。

70歳を越えて、まだ海外の高峰を登ると言う夢を描いているように思えた。
そんな父が、口癖のようにケイイチに言う言葉があった

「やりたいように生きろ。でも、後悔はするな」

父が背中を押してくれたから、今、ここにいられる。

迷わずに進んでいける。

無条件にここまで自分を想ってくれる人が他にいるだろうか。

だから、行くよ。

後悔しないように。

父の思いに応えるためにも、ケイイチは突き進んでいくしかない。

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空港で父を見送りながら、自分はバカだと、ケイイチは思った。

母に会い、父に会った。
両親の愛に触れた。
ここまで自分を思ってくれている人がいるのに、どこに行こうとしているのか。
何をしようとしているのか。
70歳を越えた父は「俺が死んでも、会えなくても、お前はいけ」と言っていた。

何言ってるんだよ。
ちゃんと帰るよ。
この小さな星を一周して。
旅の終着点は実家の玄関だ。

「お前は俺ができなかったことをしろ。後悔はするな」
ありがとうございます。
とことん行きます。
納得できるまで行きます。
それが、最大の親孝行だと勝手に信じて。

母と父に会えて、本当によかった。

堪えきれない涙を流しながら、ケイイチは、飛び立って行く飛行機を見送った。




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