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【意志あるところに道はある】ケイイチ ちゃり旅20年の道のりVol.31 エベレスト登山第一の難関、アイスフォールの攻略



2005年4月13日、いよいよ挑戦が始まる。

テントの中で、必要な装備を確認しながら身につけた。

一つのミスが命を危険に晒すのだ。

確認を何度しても、不安は拭えなかった。

大きく息を吐くと、テントのジップを開ける。

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出発の前にプジャというお祈りをした。

石を2mほど積み上げて塔を作り、木の棒をさして、そこから四方に向かってカラフルな旗を張り巡らせる。

チベットの峠に立っていたタルチョだ。

その旗の下で、チベット密教の僧侶が経文を唱えてくれた。

シェルパ達の伝統で、山の神にこれから登るのでよろしくお願いします、と手を合わせるのだ。

登山の道具にも厄払いのお祈りをする。

その後、ネパールの濁り種が振る舞われた。

チベットの食糧を少しずつ回して食べる、と言う儀式だ。

それから、粉状の物を青空に向かって撒いた。

ケイイチを含め、登山者たちも、それを真似して撒く。

粉は風に舞ってすぐに消えていく。

神妙だったシェルパたちの顔が少しずつ溶けていった。

自然を相手に生きるシェルパ達は信仰心がとても強い。

人間の力では抗えない自然の力に対するのには神の力も必要だろう。

タルチョは、今回の挑戦が終わるまでここで見守ってくれるのだという。

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エベレストへの挑戦は、高度順応への挑戦とも言える。

5300mのベースキャンプを基地として、徐々に標高をあげていくのだ。

簡単に距離だけを見れは、7日間で登って降りてこられる距離なのだが、実際は4週間から6週間かかる。

そのほとんどが高度順応のための時間だ。

標高が高くなれば気圧が低くなり、空気が薄くなる。

急ぎすぎては、頭痛、吐き気、肺浮腫、脳浮腫など高山病の症状を引き起こしてしまう。

年間に1万人が高山病で亡くなる言われていて、高所登山では細心の注意を払う必要があるのだ。

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そこで、少し登っては身体を慣らして、ベースキャンプに戻る。

これの繰り返しになる。

初日はキャンプ1まで600mほどを上り、2時間ほど滞在してベースキャンプに戻ってくる、ということになっていた。

たった600mと思うかもしれないが、ベースキャンプとキャンプ1の間には「アイスフォール」がある。

「氷の滝」だ。

谷に落ちた雪が氷河になり、谷の出口で見た目には分からないほどのスピードで、少しずつゆっくりと斜面を滑り降りているのだ。

1953年に人類初登頂を果たしたエドモンド・ヒラリー卿がこのアイスフォールを通って登頂するまでは、人が通れるなんて思われていなかった場所である。

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シェルパが先導して、安全を確認しながらロープを張ってくれる。

雪崩に巻き込まれる可能性もあり、エベレスト登山最初の難関なのだ。

大きな氷の間を抜けながら進むのは、迷路のようだった。

視界のほぼ全てを白に奪われている。

ガイドがいなければ、進むのはかなり難しいと思った。

クレパスのあるところは、シェルパが梯子をかけてくれた。

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一応、ロープも渡してくれているので、落ちてもギリギリ助かるかもしれない、という状態だ。

渡っている途中に雪崩に遭えば、落ちるだけだ。

とにかく早く抜けるしかなかった。

梯子の上をゆっくりと進む。

気持ちは早く動きたいのに、身体は硬直してうまく動いてくれない。

息が切れる。

装備も重たかった。

それでも、どうしても頂上まで行くんだ、という強い気持ちがあった。

怖いなどといっていられない。

行かねば、行かねば。

繰り返しながら少しずつ足を動かした。


迫り出した氷塊の下を潜り抜ける。

人間は標高5300mを超えると走れなくなる。

そのため、ゆっくりと足を前に出すしかなかった。

頭上の氷塊は崩れないという保証は無い。

崩れてしまえば、潰されて終わりだ。

危険と思われる場所にタルチョのカラフルな旗が括られていた。

「神頼み」なのだ。


アイスフォールの上部は傾斜が急で、梯子が縦になった。

梯子から横をのぞくと、死の世界がぽっかりと口を開けていた。

小さな不注意が、些細なミスが、命を奪いにくるのだ。

そう思うと、靴に付いているアイゼンが気になり始めた。

梯子に当たって、不安定になっている気がする。

金属と金属のぶつかる音が、不安を煽った。

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なんとかアイスフォールを抜ける。

抜けたはいいが、今日中に、今度は降らなくてはいけないのだ。

明日も。

明後日も。

ベースキャンプからキャンプ1の間にある以上、何度も通る必要があった。

毎日が命がけだ。

実は数日後に、アメリカの登山チームの方が落ちて亡くなってしまった、と噂になった。

どんなに慣れた登山家でも、エベレストでは油断はできない。

ケイイチは、自分がどれだけ危険な場所にいるのかを改めて確認した。


登山初心者のケイイチにはエベレストは果てしない挑戦だった。

でも、挑戦することはできる。

今回がダメなら、また来年くればいい。

引き際を間違えないように。

諦める勇気を忘れないように。

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