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【意志あるところに道はある】ケイイチ ちゃり旅20年の道のりVol.12 標高3000m越えの荒野③

シガチェの街に入るゲートの前にまろさんが立っていた。

ケイイチと近江さんが到着するのを待っていてくれたのだ。

3人揃ってゲートを潜る。

一つの終点だった。


5月26日、次のラチェと言う街に向かって出発する。

近江さんは、車で進むことを選んだが、またあとで合流したいと言った。

まろさんと2人、自転車を漕ぎ出す。

十分な水を持ち、荒野を走る。

相変わらず坂道を登るときは、自転車を降りて押して行く。

とにかく進むしかなかった。

荒い息を吐くと喉がカラカラと乾いた。


峠が見えてきた。

チベットの色んな色の旗がはためいているのが見える。

標高4300m。

これからいくつも超えて行く峠の一つ目だ。

感慨深げに眺めていると、まろさんの息が全く乱れていないことに気づいた。

若さ、、とはすごいことだ。


5月29日、ラチェに着くと、まろさんは少し滞在して行く、と言った。

短い期間ではあったが、誰かと一緒に旅ができたのがとても楽しかった。

1人旅に戻ることに少しの寂しさを感じていた。


空気の薄い荒野の坂道を息を切らしながら上って行くと、標高5220mの峠で工事をしていた中国人が、ケイイチを見て声をかけてきた。

近づいていくと、ジェスチャーで何かを説明している。

「自転車のやつが先に行った」、、、と言っているようだ。

近江さんかも、とケイイチは考えた。

こんなところを自転車で通るなんて、他には考えられない。

追いつけるかも知れない、と思って自転車を漕いでいると、前方に黒い点のような人影が見えた。

だんだんと距離が縮まる。

間違いなく近江さんだった。

上りは大変だからヒッチハイクをして、下りは自転車で行く、と言う。

数日ぶりに近江さんと並んで自転車を走らせた。

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が、数十m走ったところで、近江さんが倒れてしまった。

もう動けない、と言う。

寝るというよりは、倒れ込むと言う感じだったので、ケイイチはとても焦った。

日陰もない、民家はおろか人影もない、車も通らない。

目に入るのは山々だけだった。

それでも、とにかく車を止めて、近江さんを街まで運んでもらわなくては。

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近江さんは横たわりながら、じりじりと日に焼かれて行く。

干からびてしまう。

このままでは砂になってしまう。

医学的知識を全く持ち合わせていないケイイチは焦ることしかできなかった。

何台か、ランドクルーザーが通り過ぎたが、満席で乗せてもらえなかった。

もう、ここでテントを張るしかないかも知れない。


夕方6時が近くなって、近江さんが倒れてからすでに5時間が経っていた。

ふと、遠くに砂埃が見えた。

ランドクルーザーだ。

車が来た、と言うと、弱々しい声が返ってきた。

道の真ん中に立って、無理やり止まってもらう。

後部座席に一人分の空きがあった。

目的の街までではないが、途中のティンリまで行くと言う。

近江さんをなんとか車に押し込んで、砂埃を上げて走る車を見送った。

肩の力が抜けた。

きっと大丈夫のはずだ。

気を取り直して、ケイイチは自転車にまたがった。

まだ日は落ちていない。

もう少し進もう。

近江さんが下ろされているはずのティンリを目指して、自転車を漕いだ。


ティンリの街の入り口。

近くに置いてあった石がふと目についた。

何か不自然な感じがしたのだ。

近寄って見ると、「シェパードの宿で待っています。近江」と書かれていて、笑ってしまった。

チベットでは石がメッセージボードがわりになるのだ。

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