【意志あるところに道はある】ケイイチ ちゃり旅20年の道のりVol.13 標高3000m越えの荒野⑤
近江さんが待っていると言う、シェパードの宿はすぐに見つかった。
受付に行って、日本人とわかると、近江さんの部屋を教えてくれた。
思ったより元気そうな近江さんがそこにいて、ケイイチは心からホッとした。
「脱水症状だったのではないかと思います」
自己分析で解決している近江さんは、にこやかに笑っていた。
この先は5000mを越える峠もある。
近江さんとは、その先の、ネパールとの国境近くの街で再会しようと約束した。
これ以上の無理はさせられないと思ったのだ。
ティンリは、店が数件並んでいるだけの、小さな街だった。
工事のトラックが行き来しているが、乗せてはもらえなかった。
道端に座って、車が通るのをじっと待つ。
近江さんが、数分おきに、「しかし、車がこないですね」と言う。
空はどこまでも青かった。
空気が綺麗なので、色が鮮やかなのだ。
そして、その視界の先にはエベレストが見えた。
世界最高峰の頂。
いつか行ってみたいと思った。
午後の1時から7時まで待って、3台しか車が通らない。
乗せてくれる車を探すのはとても困難だった。
途中、馬車が通ったので、試しに訊いてみたが、ニャラムは遠すぎると怒られた。
少し経つと、見たことある緑色のママチャリが見えてきた。
「まろさんだ!」
ケイイチと近江さんがティンリで休養している間に、まろさんが追いついて来たのだ。
3人は再会を喜んだ。
ようやく、近江さんを乗せてくれる車が見つかった。
ランドクルーザーの荷台だったが、近江さんがそれでいいと言ったので、乗せてもらうことにしたのだ。
そのランドクルーザーの乗員に日本人がいたので、話を聞くと、なんとイエティの研究をしているグループだと言う。
ヒマラヤにイエティ。。。
世界は広いな、とケイイチは思った。
6月4日、まろさんと一緒にティンリを出発する。
ヒマラヤ越えも終盤、ここからは標高5000m以上の峠が続く。
でも、それを越えれば、上りが終わる。
雨が降っていた。
気持ちが沈みそうなのを必死に盛り上げて、緑のない、砂の道を進んだ。
植物は見当たらなかった。
景色に見えるのは、砂と山だけ。
自転車を押しながら進んでいく。
最初の峠にチベットの旗・タルチョがひらひらしていた。
まろさんと峠への到達を喜んだ。
雨はいつの間にか雪に変わっていた。
マラソンのような呼吸で自転車を漕いでいるので、寒さは感じなかった。
第2の峠も越える。
まろさんは、穏やかな呼吸をしていた。
そのまま、最後の峠を目指して、真っ直ぐな道をひたすら歩いた。
遥か遠くまで見えているが、山頂を示すタルチョは見えなかった。
まろさんと2人で並んで、自転車を押していた。
タルチョの影をひたすら探す。
ひたすらひたすら進んだ先で、何かが見えて来た。
それが何なのかは、ケイイチもまろさんもわかっていた。
峠だ。
最後の峠だ。
風にたなびくタルチョが終点を示していた。
「着いた!」
タルチョを前にして、ケイイチは叫んだ。
腹の底から。
シンガポールで船に乗れず、チベットを通ることを決めた時から、この峠を目指していたのだ。
最高の気分だった。
下り坂に向かって、自転車を漕ぎ出す。
ここからはもう、下りしかないはずだ。
自転車のブレーキが壊れてしまっているので、制御できるスピードで進むことにする。
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