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読書:『標本作家』小川楽喜

書名:標本作家
著者:小川楽喜
出版社:早川書房
発行日:2023/01
https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000015337/

 西暦80万2700年というとんでもない未来。人類は滅亡していて、玲伎種という謎の生命体が人間文化を研究するために、謎の施設でかつての文豪たちを甦らせている。文豪たちには不老不死が与えられて、ずっと創作活動を続けている。

 これは絶対面白い。面白くないわけがない!
 ということで読み始めて……
 あ、思っていたのとは少し違っていた……けれど、確かに面白い。
 もう少し読み進めて……あれ? なんだか飽きてきた……
 さらに読み進めて……これは……しんどい……

 正直なところ、私は最初、太宰治やらさまざまな文豪になりきった新作小説などがこの作品内で書かれているのだろうと期待していたのですが。

 結論を言いますと、激しく面白そうなアイデアを注ぎ込んで、激しく失敗した駄作……でした。
 なぜこうなった?
 読んでいるあいだも、今現在もその疑問でいっぱいです。
 アイデアは本当に面白いです。これだけでもこの作品は残される価値があると言ってもよいほどでしょう。しかし、中身がとにかく面白くない。これがすべてです。始終、なにやか憂鬱なことをしゃべっているだけ、という印象でした。純文学ならいいのかもしれません。が、エンターテイメント小説ですから。

 なにしろ、圧倒的に「説明」が多い。描写ではなく。ほぼ説明ばかりと言ってもいい。ずっとあらすじを読まされているような感じです。
 そして、興味を持続させてくれる「引き」がない。登場人物のどうでもいい心情をだらだら書いているだけの印象。むしろ、この先読み進んでも何もなさそうという感触しかない。
 私は危うく、小説を読むことが嫌いになるのではないかと思いましたよ。半分あたりからは冗談ではなく本当に読むのがしんどくて、最後のあたりはついに飛ばし飛ばしになってしまいました。

 読んでいてまず非常に気になったのは、登場する文豪たちが架空の作家であること。完全に架空であるならそれでいいのですが、はっきりとモデルがいる。ああ、この作家はあの人だな、とすぐにわかる。
 なぜ、実在の名前を使わず変名にしたのか?
 でありつつ、ほかにチラッと名前が出てくる作家は完全に実在作家の名前そのもの。
 このちぐはぐさ。そのせいで、この世界が実世界から続く遠未来なのか、あるいは並行宇宙の未来なのか、どう読むべきかわからない。それにそもそも名前を変にずらされているせいで読みにくい。誰が誰の設定なのか覚えられない。結果的に「実在A=変名A」という形で覚えるべき名前が2倍になりますからね。

 で、結局、作者は実在作家をそのままきちんと描く覚悟がなかったのだろうな、とそういう結論にしかなりませんでした。実在作家の名前をそのまま使えば、「いやこの作家はこんなのではない」という指摘が入りうる。しかし、似て非なる名前にしておけば、この人はあの作家ではないよ? フィクションの人物ですよ? という言い訳が成立する。
 それならそれで、あらゆる人物を架空にしてくれればいいのに、ちゃんとした実在人物も出てくるのでどうも違和感が大きくなる。

 また、チョイスした作家自体にも疑問がある。
 なぜこの人たちなのか? 有名は有名だが、絶対的な作家たちというわけでもない。
 また、西暦80万2700年などという壮大な時間の流れを設定しているのに、登場する作家の時代はそれほど散らばっていない。たとえば紫式部なども登場してしかるべきだろうし、あるいは、西暦10万頃の想像もできないような作家も登場しないとおかしい。

 そもそもなぜ作家なのか? 玲伎種の目的は人類の文化の研究らしい。それなら、科学者や哲学者、文化人類学者……など、そういったさまざまなジャンルの人間であるべきではないのか? 文学はあくまで文化の1ジャンルにすぎないし、それに正確性にも欠けるジャンルでもある。なのに、玲伎種が研究するのはなぜ作家ばかり、なのか?

 それを言い出すと、玲伎種の設定だとかほとんど何も明かされないのですけれどね。この世界について。最後まで読んでも。

 で、また、文体も。
 文章は上手いのですが、どこか鼻についてくる。言葉の選び方のせいかな。「痛苦」とか。なんというか、普段あまり使わない、どこか少しかっこつけたような言葉を選んで使っている感じ。「苦痛」でいいだろう、とかね。
 そして、「痛苦」「痛苦」とやたら使われているのですが、読んでいて憂鬱になるばかりで、いったい何がどう痛苦なのか、まったく実感として伝わってこない。
 そして昔風の硬めの文章で書いているにもかかわず、ときどきヒョコっと変な言葉遣いも出てくる。そこがまたちぐはぐ。

 選考委員さんはほぼ満場一致で満点だったそうですが、本当にこれでいいのでしょうか?
 読者のレビューなどを見ると、好意的なものもありますが、辛辣なレビューも多く見かけます。ので、私の感じ方も必ずしも間違っていないということでしょう。
 選考委員さんはほぼ満場一致で満点、ということは、送り出し側と読者とに齟齬があるということなのですよね。

 ちなみにこの本で、最も興味深かったのは、この作品が「別の新人賞で三度落選している」「いずれも一次選考すら通過していない」「一度たりとも改稿せず、ハヤカワSFコンテストに出して大賞を受賞した」というところです。
 非常に興味深いと思いませんか?



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