実録!過酷な課長業務 前編 (読了3分)
あらすじ
町田雄二は人材派遣会社の課長だ。今週も業務が始まった。部下をかかえまとめていく仕事は過酷極まりない。となると腹も減る。その仕事ぶりをひとまずのぞいてみましょう。
実録!過酷な課長業務
人材派遣会社の営業部にとって、朝は何事にも変えられない貴重な時間だ。特に月初めや週初めは初めて現場に入るスタッフが多い。
町田雄二は出社してパソコンの前に座り、メールのチェックと予定表の確認を終えると、社員からの連絡待ちの体勢に入った。
緊張した顔でパソコンの画面をのぞき込む。初日のミスはのちのち大きくなることが多い。
担当者が全員現場に到着していることを確認する。顧客のオフィスに新しいスタッフを配属する日なので、遅刻は厳禁だし、急な欠勤などあってはならない。
雄二の統率する課には5人の社員が配属されているが、今日は5人ともスタッフの配属初日にあたり、現場に直行していた。
担当者は自分の担当するスタッフと待ち合わせをし、現場の担当者に引継ぎをするというのがスタッフ配属初日の仕事だ。
担当者から、到着してスタッフと会い、無事顧客への紹介が終わったメールが5分おきくらいに入って来ていた。
グーーー。
そんな緊張感をバカにしたように先ほどから下腹部のあたりで音がする。
「え?こんなに?」
いつもきちんと白ご飯と納豆、焼き魚にみそ汁と定番のメニューを朝食としている雄二だったが、この日は目覚めるのが遅く、何も口にせずに、スーツの上着を手に持ち、電車に走りこんだのだった。
朝食を一食抜くだけでこんなにも空腹感が襲ってくるものなのか。着席後からお腹はなりっぱなしだった。
しかし、そんなことには構っていられない、今から重要な仕事が待っているのだ。
「はい、はい、つないでください」
外線で社員の倉田かおりから電話が入った。
客先に引継ぎが終わったら会社に電話するように、倉田かおりにメールを送っていた。
「おい、倉田、顧客からクレームはいってるぞ、なにやったんだ?」
週末に接待に行っていた倉田かおりが、会食の席で顧客に失礼なことを言って、クレームが入っていたのだった。
「そんなの我慢しろよ、それでなんていったんだ、え?このハゲエロオヤジ?そりゃ怒るだろ、とりあえず一度謝罪に行こう、一緒に行くから、今日の予定は?わかった」
電話を切ると、隣の課の課長の森口昭三がにやにやしながら近づいてきて、目の前の席に座った。
「倉田、またやらかしましたか?」
森口は人の不幸を喜ぶ点が欠点の一つだが、根はいい奴だ、雄二は気兼ねなく相談ができる相手だと思っていた。
「そうなんですよ、顧客の接待で、ちょっと下ネタを言われたくらいで、顧客にハゲエロオヤジと言ったみたいで、顧客からクレームですよ」
「はははは、倉田らしいですね、でも、気性は荒いですが、天真爛漫なところが受けてるんでしょ」
森口が笑うと、張りつめていた緊張の糸が切れた気がした。
「まあ、顧客からの人気は社内一ですからね、あの口の悪ささえ直してくれればいいんですが」
完璧な人間はいないとわかっていても、つい愚痴が出てしまう。
「それで何を食べに行ったんですか」
「先週は寿司をごちそうになったとかで」
寿司という言葉でまたお腹がなった。
「寿司をおごってもらって、ハゲエロオヤジですか、それは怒りますね、はははは」
前のめりになった森口が嬉しそうだ。森口が笑ったところで、デスクの端に置いたスマホが振動した。
「急いで電話ちょうだい」
妻からだった。
オフィスを出て休憩ルームに入る。休憩ルームはワンフロア全てを使った会場みたいに広い。弁当の売店などが並ぶ広さなので、多少大きな声で電話をしていても他の人の耳に入る心配がない。ほとんどの社員がプライベートの話をする際はこのフロアを使っている。
「どうしたんだ?」
何となく嫌な予感がしていた。
「あ、パパ、あのねシュウトのことなんだけど」
雄二の子供はシュウトという名前で、今年4歳になったばかりだ。妻の声が上ずっているのがわかる。何か大きな事故など起こしてなければいいが。
「シュウトがどうした?」
聞き返す声がやけに小さくなっている。
「昨日、シュウトが目玉焼き2つ食べて吐いたって話ししたでしょ、だから今日はちょっと朝ご飯減らしたのよ、そしたらさあ、結構お腹減ってたんだと思うんだけど、机の上に転がっていた丸い電池を食べたのよ」
「なんだって、丸い電池がどうしたって?」
「シュウトが電池を食べたの、聞こえる?」
電池を食べたという話でまたお腹がなった。
「そんなに大声出さなくても聞こえてるよ、電池?丸いのって?」
雄二は耳から電話を遠ざけて話を続けた。電池といっても大きさが色々ある。
「おもちゃに入っていた小さくてまるいやつよ、1円玉より小さいからすんなり入ったみたいね」
「食べたって?飲み込んだんだろ、で、お腹は痛そうなのか?」
「元気よ、電池食べたからかしら、余計元気になったみたい、でも電池が心配で」
肩の力が抜けるのがわかる。
「電池で動いているわけじゃないんだから飲み込んで元気になることはないだろ、早く病院に連れていって取り出してもらわないと」
「取るって?どうやってとるの」
妻の声がさらに高くなった。
「それは医者で聞いてくれ、とにかく電池を飲みこんだら病院に行けばいい、大丈夫だ」
「わかったわ、じゃあ行ってくるね」
妻が電話を切った。妻の声のトーンが落ちた気がした。電話を切り時計を見る、時間は11時を回ったところだ。
実録!過酷な課長業務 後編へつづく
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