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リビングの女王 第2話(読了3分) 全3話

第1話のあらすじ
ライターをやっている俺は、平昌オリンピックの取材に行った際に、女子の日本代表と一緒に写った写真が原因で妻に痛い目にあっているようだった。痛い目とはサッカーボールを至近距離から蹴られることだ。果たしていつまで続くのか……。

「これくらいの距離かって聞いてるのよ」

 と再びボールを置いて俺に向かって蹴ろうとしたので、俺は必死で返事をした。

「はい」

 と言った瞬間に笑美が二発目を蹴った。体重が乗ったボールは見事に俺の顔面を強打した。

「おい、やめろ痛いだろ」

「痛いのは私の心よ」

 というとまたボールを蹴ってきた。三本目は外れた。こんなに近くても外すのか、と思ったが口に出すのは控えた、笑美はコントロールが悪いが、蹴ったボールが当たるととても痛かった。

「何なのよあのざまは」

 そういいながら、笑美はボールをセットする。

「だからさ、本当に違うって、何もないんだよ池ノ上麻衣子とは」

「わかってるわよー」

 と言って笑美はボールを思い切り蹴った。激痛が膝を襲った。四本目が膝に激突したのだった。なんなんだよ、この訳の分からない状況は、いや今はそんなことを考えている場合ではない、俺はこんな笑美を見たのは初めてだったし、こんな都合のいいロープが家の中にあったことに驚いていた。まして、こんなに手際よくロープを使いこなせるなんて、初めての出来事に俺は困惑するばかりだった。

 ピーッ、笛が鳴った方を向くと、テレビの画面ではさっきDVDプレーヤーにセットした小学生のサッカーの試合が始まったところだった。

「いいわね、今こっちの試合もキックオフしたのよ、早く断念するのよ」

 バシッ、ボールが体に当たる音がリビングに響き渡った。ピーッ、また笛がなった。いきなりグリーンのユニフォームのチームがファウルをしたみたいで赤いユニフォームのチームがフリーキックをもらったようだった。赤いユニフォームの前面には大きい文字で「砂の街FC」と書いてあった。

「ははははははは」

 笑美がいきなり笑い始めた。俺は気でも狂ったのかと思っていると笑美は

「これが私のフリーキックよー」

 と言ってボールを蹴った。バシッ、ボールは俺の胸に当たり鈍い音をたててが、ビデオの中のフリーキックは大きく外れていた。少し蹴り方が変わったようだったが、何がどう変わったのかはわからなかった。これは黙って終わるのを待つしかないのか、いや何かをしゃべった方がいいのか、思考が交錯するとはこのことだろうか、などと異常な事態に色々なことが頭の中でぐるぐる回るだけだった。

「俺は仕事で行ったんだよ、それで買い物に行ったら日本の代表の団体がいて、それで日頃から知っていたし、記念にって写真を撮らせてもらっただけだよ、確かに肩を組んだのは悪かった、でもあれもみんなで肩を組んでいるだろう、日本代表頑張ろう、という気持ちだったんだよ、だから、だから何もないんだって」

 このような説明を俺は縛られた状態で何十回もさせられ、痛みはもう感じなくなっていた、次第にボールを当てられることが、愛情の証しなのではないか、という気にもなってきた。俺の髪の毛は乱れ、鼻水が流れ出てきた、抵抗しすぎたせいでスウェットのパンツは半分ずれて、お尻が出て、ボールが当たった所がヒリヒリしていた。
 
 ピーッ、テレビの中で前半の終了を告げる笛がなった。前半はどちらも一点ずつとり、一対一になっていた。俺はボールをぶつけられながらもしっかり試合をチェックしていた。

「よーしちょっとハーフタイム!」

 笑美がメリハリのある声で言った。

「もう真実はこれしかないんだよ、だから、だから、早くロープをほどいてくれ」

「だから、それはわかってるって言ってるの」

「じゃあ、何が悪いんだよ」

 俺は必至で抵抗していた。しかし、俺の腕を縛っているロープは動けば動くほど締めつけがきつくなっている気がした。

「何がって何よ、この前の記事は」

「この前の記事?」

「そうよ、高校サッカーの3回戦の記事見たわよ、ブルーウェイ高校とレッドストッキング高校の試合、何が”これぞ5バック”よ、5バックは超守備的フォーメーションよ、そんなの攻撃できないに決まってるじゃないの、日本対トルクメニスタンの試合見たでしょ、トルクメニスタンは5バックで下がってたけど、日本に点を取られなくても点を取れないのよ出てこないと。案の定日本がボール支配率七十パーセント超えていたし、最後のトルクメニスタンの点なんか、5バックから解放された一発よ」

 何を言ってるのかわかったが、何を言いたいのかがわからなかった、池ノ上麻衣子は関係ないのか、思わず聞きそうになったが、藪蛇になると思って辞めた。すると笑美が続けて口を開いた。

「ブルーウェイ高校が点を取られたときの記事も何あれ?サイドバックとセンターバックの帰りが遅れた?ハーッ?どこに目をつけてるんですか?あれは相手のドリブルを止めに行ったボランチが抜かれた失点なの、センターバックやサイドバックが遅れたせいじゃないの、時間を稼げなかったボランチのミスなのよ、あのドリブルに飛び出したボランチ、その時点でハーイ一点!くれてやったようなもんでしょ、それくらいわからないの?あなたの目は節穴なの?」

 記事の話?ダメ出し?ていうか、なんでそんなにサッカー詳しいんだよ、俺は何が起こっているのかわからなかったが、指摘のすばらしさにとにかく謝ろうと反射的に思った。いや謝らざるを得なかった。
              リビングの女王 第3話につづく

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