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高田馬場には虹がかかっている

前回の【新宿 上海小吃】を巡る話です。こちらも是非読んでください。


昨年の暮れの冷えた夜、わたしは新宿の東急ハンズで買い物をした帰り、東南口あたりをフラフラ歩いていた。とっても寒くて冷えたから、知り合いの店で一杯ひっかけて帰ろうと考えた。

「すいませんお姉さん!あ、お姉さん〜!ねえねえこの辺で飲みたいんですけどいい店知りませんか?てかお姉さんめっちゃおしゃれ!デザイナーさん?あ、違うんだ!そういう系の仕事の人かと思った!今ね、仕事帰りで3人で飲もうかな〜って思ってて!年末だしパーっとやりたくて、いつも行かないようなお店探してたんですけど、お姉さんいい店知ってそうだから話しかけちゃった!」

そんなふうに話しかけてきたのはギャルだった。多分、30歳くらい。髪を明るく染めていて、オフィスカジュアルな服を着ていても、醸してる雰囲気がギャルだった。連れは2人で、顔が派手で綺麗な女のひとと、スーツを着たおじさんだった。おじさんの顔はもう思い出せない。

わたしの会社はお堅くてギャルなんか一人もいない。友達にもギャルはいない。そもそも3人くらいしか友達がいないが卑屈になってはいけない。だから、ギャル非対応のマニュアルで会話するしかない。テンパりながらGoogleマップを開いた。焦って3回はホームボタンの指紋認証を失敗した。

いつもどんなところで飲むんですか、と聞くと「鳥貴族!」と答え、ギャルは快活に笑った。中学のとき転校した先でわたしをいじめてきたのもギャルだったことを思い出していた。おかげさまでギャルを怖がり続けていままで生きてきて、ギャルと渡り合えないのが常だった。あたりまえだけど、目の前にいるギャルはそんなことお構いなしに歩み寄ってくる。わたしもドギマギを悟られないようにニコニコした。鳥貴族!がなんかかわいかった。

「中華とかお好きでしたら、この上海小吃ってお店おすすめですよ。牛のチンポとか食べれます」

わたしが牛のチンポと発言したその一瞬、ギャルは虚をつかれたような表情になったが、すぐに「ギャハハ!ヤバ〜!えっ牛のティンティン食べられるの?聞き間違えたかと思った〜!」と言って笑ってくれた。やはりいいギャルだ。

Googleマップのリンクを送るためLINEを交換した。この寒いのに歩いて10分くらいかかる中華を紹介したことを少し後悔しながら別れた。ギャルは別れ際、「かいちゃんめちゃ面白い!またこんど飲も〜!」って言ってくれて、1時間後には「ねえおいしい😂🌈」って牛のチンポの写真送ってくれた。

たった3分くらいの出来事だったんだけど、ギャルとの出会いが衝撃的で、わたしは当初の「一杯ひっかけよ」という目的も忘れて、歩いて帰った。わたしの家は初台で、新宿から歩くと30分くらいかかる。ギャルが牛のチンポのことを「ティンティン」と言っていたことが、なんか生々しくて、不潔な感じがして(自分のことは棚にあげて)、でもそれがギャルか〜。人間っていいな。わたしは動物のペニスをチンポ、人間のペニスをちんこと使い分けているけど、ギャルはなんでもティンティンって言いそうだな。なんか生々しいな。でもいいギャルだ。マインドがギャルだ。ぐるぐる考えながら帰宅した。体は冷え切っていたが、そのまま酒も飲まずご飯も食べず、その日の出来事をnoteに記して「いい夜!」で締めくくった。


年明け、あけおめ〜!と書かれたダサいクマのスタンプとともに、「この日空いてる?🌈またこの前の人たちと飲むんだけど、よかったら来ない?☺️」と連絡が来た。緊急事態宣言発令待ちのソワソワしてた平日。「空いてます!お邪魔じゃなければ是非!」と卑屈な返信をした。ギャルが指定してきたのは高田馬場。聞くと、ギャルは高田馬場駅近くに住んでいるらしい。

当日、昼過ぎになっても集合時間の連絡が来なくてすこし不安になった。15時ごろようやく「19:20に駅で!お店一緒に行こ〜」と連絡が入った。微妙な時間調整をしてくるところ、営業っぽい。きっと19:30で予約してるんだろう。

わたしは年末出会った時と同じコートを着て同じ帽子をかぶって集合場所に向かった。気づかれなかったら悲しいし、人の顔を覚えるのが苦手で人混みの中からギャルを見つける自信がなかったからだ。変な帽子だからすぐに見つけてくれた。駅を出て歩きながら、「気づいてもらいたくてこの間と同じ格好で来ました」と言ったら、「え〜!なにそれめちゃくちゃ可愛い〜!」と言ってくれた。服を褒められたのがちょっとうれしかったから、また褒められたかった気持ちが、正直2割くらいある。

10分くらい歩いたところで、ギャルは突然立ち止まって「まだみんな来てないみたいだからちょっとこの辺で座って時間潰そう!」と言って、目の前のビルの花壇に座った。わたしは尻が冷えるのはごめんなのでつっ立ったまま佇んでいた。

「わたし営業なんだけどね、3社目なの。合う仕事見つけるの大変だったけど、今は稼げるようにもなったし転職先で頑張ってるんだ〜」

いきなり仕事の話が始まった。歩いているときには「この前の中華屋さん本当やばかった〜!ティンティンも食べたけど、蛤の甘辛煮がおいしかった〜」とか言ってたのに。あ、やっぱり営業なんだ。

「そうそう、転職の時ね、今日多分あとからくるMさんって人がいるんだけど…転職の相談したの。そしたら、将来自分がどんなふうになりたいの?そこから逆算して考えなきゃダメだよ、っておっしゃっていただいて、この人すごいな〜って思ったの。Mさんは経営者で、この辺のバーと雑貨屋さんの経営してて、年収が2000万もあるんだって。どうやったらそんなふうになれるんだろ〜」

Mさんって誰なんだ、わたしはギャルのことすらよく知らない。「おっしゃっていただいて」というへんな尊敬語の気持ち悪さ。会話のスピードが速い。きっと話し慣れてるんだろうな、と思った。そのときは、文脈からMさんが若い女の人にそういうてきとうな説法をして、侍らせててるんだろうなと解釈した。納得がいかないのは、わたしが全くおじさんウケするタイプじゃないことだった。わたしは真っ黒のトンビコートを着て髪も短く、スキニーを履いて足元はマーチンのブーツという、遠くから見たら男に間違われるような風貌である。女の人からは見た目を褒められることがあっても、男の人からかわいがられることはない。愛嬌もそんなにない。

「かいちゃんも将来像あるなら相談してみなよ!紹介するよ!わたしも話したいし、Mさんがいらっしゃったら、ご挨拶に行こう。時間取れないかもだけど少しなら相談聞いてもらえるかも!」また、「いらっしゃったら」というへんな尊敬語が出た。わたしは説教おじさんが好きじゃないので気が重くなった。ギャルと楽しく飲みたくて来たのだ。

寒空の中ギャルと10分くらい話して、みんな来たみたいだから、と言われて店に向かった。店は道路を挟んで反対側にあり、ビルの花壇からは死角の位置にあるこじんまりしたバーだった。ギャルの赤いマフラーが毛玉だらけなのが気になった。

ギャルに続いて店の中に入ってびっくりした。店内には20人くらいのひとがいたのである。それも若い女ばかり。このコロナ禍の中、狭い店に20人もいる立食パーティー。それを内緒で連れてきたのか、そもそも気にしてないのかわからないが、ちょっとギャルを恨んだ。この前いたおじさんはいない様子だったが、顔の派手な綺麗なお姉さんはいた。ここからは、混同するのでギャルを仮に「はなさん」顔派手姉さんを「みよさん」とする。(古風な仮名をつけてごめん、他意はない)

入店したのが19:40頃。お酒をもらいに行って、ほどなくして乾杯の挨拶をしたのは最年少、24歳の女の子だった。2つしかないテーブルを囲み、10人くらいがすきまなく集まって、運ばれてくる料理に手を伸ばす。わたしは「食べてきたので!」と言ってほとんど箸をつけなかった。テーブルにはボードゲームが置かれていて、みんな料理にあきたころ、ボードゲームが始まった。はなさんの隣でわたしも混ぜてもらった。インサイダーという簡単なルールのカードゲームで、わたし以外はみんなルールを知っていた。

参加していた全員から話しかけられた。「はじめまして!〇〇っていいます!顔ちっちゃい〜!モデルさんみたい!超おしゃれだね!」「見て携帯のケースめっちゃ可愛い」みんな、初対面にもかかわらず、とてもフランクに褒めてくる。褒められすぎて、こちらのきまりが悪くなるほど。断っておくが、わたしの顔は小さくないし足も短いしおしゃれでもない。iPhoneケースは可愛い。聞くと、頻繁に集まって飲み会を開いているらしい。全員へんなあだ名で呼び合っている。ぶーとん、ちゃこちゃん、ジェシカとか。多分そんな感じだった。異様な空間がうすら寒くてなかなか酔えなくて、ペースを上げた。みんな、お酒が好きだと聞いていたのに全然飲まなくて、かいちゃんはお酒好きなんだね、よく飲むね、と言われた。

ゲームが2周した時、ひとりのおじさんが入ってきた。端っこにあった小さいテーブルに荷物を置いて、そのテーブルにスッと綺麗な女の人がついて、料理をつつき始めた。ゲームが終わるとはなさんが「あれMさん。ご挨拶に行こう」と耳打ちしてきた。自分の飲み物を持って、Mさんのもとに向かった。

Mさんの顔はよく覚えてないが、背丈が小さく、小太りで、金持ちらしい格好もしていなかった。若い女をこれだけ侍らせるのだから、竹野内豊みたいなイケてるおじさんを想像していて、内心がっかりした。ギャルはわたしのことをMさんに軽く紹介して、いきなり、「この子ね、今転職考えてるらしくて。今度Mさんのご都合合う日があれば4人で飲みに行って、相談にのっていただけませんか?」と言った。なんて雑なセッティングなんだ…4人とは、Mさん、わたし、はなさん、みよさんである。

「いいよ。かいちゃんは次どんなところに転職したいの?」Mさんから聞かれた。間髪入れずに、「UXデザインができるポジションならどこでも」とだけ答えた。MさんはUXデザインが分からなかったのか、わたしの滑舌が悪すぎたのか、ポカンとしていた。気持ち悪かった。初対面で詳しい身の上を話させられるのが嫌で、あとは曖昧に笑って誤魔化した。

テーブルを離れたらすぐ、はなさんが4人のLINEグループを作った。その場でそのグループに入れと促された。「Mさんが入ったら、今日のお礼と次の約束取り付けようね〜」と言われた。帰りたかった。わたしたちがテーブルを離れると3人ずつくらい、女たちがMさんのもとへ挨拶に行く。高い笑い声が響く。

トイレに行った時、店の名刺が目に入った。この店を経営してるのもMさんなんだろう。後から調べようと思って名刺をポケットに突っ込んだ。

23時、おひらきの時間になった。おひらきをして早々に帰り支度を始めたのはわたしとはなさんとみよさんだけ。他の誰も帰ろうとしない。気持ち悪い。背後から浴びせられる視線を全身で感じ取って寒気がした。

みよさんとはなさんに挟まれて高田馬場駅まで向かう。道すがらみよさんが、「あのタワマンの最上階、ほらあそこの光ってるビルあるでしょ、あそこにMさんが住んでるの。わたしも一回お邪魔したことがあるんだけど、広くて眺めがよくてびっくりしちゃった。下はフィットネスジムとプールがあって、住んでる人しか使えないようにカードキーで施錠してあるの」
わたしは目が悪くて、光ってるビルのどれを指してるのかわからない。

今度ははなさんが「わたしも行ったことあるんだけど、〇〇っていうカクテルを出してもらって。おしゃれで高いやつ。Mさんみたいに成功してる人が周りにいるのってすごいよね〜」みたいなことを言った。今度はカクテルの名前を忘れた。

年収2000万は確かにすごい。確かにすごいけど、まわりにいなくはない。奇跡のような成功者ではない。年収だけ見て「すごい」人だと手放しで語るにはあまりにも弱い。

少し酔った頭ではなさんもみよさんもあのおじさんに抱かれてんのか〜と邪推した。タワマンすごいの話になんて返せばいいか考えなきゃいけないのに、そんなことを思ったものだから、「プールついてるマンションすごいですね、ラブホみたいだ」と言ってしまって、空気が少し凍った。2人の顔を見ないようにして歩いた。

2人はわたしを駅まで送り届けて、「ここからチャリだから!」と去っていった。本当にチャリなのかはわからないけど、もうどうでもよかった。


名刺をもとに後からいろいろ調べてわかったことは、Mさんの周りには女の人だけじゃなくて、若い男の人もいること。Mさんのツイッターのフォロワーはみんな🌈の絵文字を使うこと。経営してる輸入雑貨店で売ってるダサいハワイモチーフの雑貨をフォロワーのほとんどが持ってること。「経営者のMさんとホテルフレンチ❤️フィレ肉のワイン煮がとろける〜🌈」「新しく馬場にできたラーメン屋さんすっごく美味しかった🌈経営者のMさんに教えてあげなきゃ🥳」「経営者のMさんの努力はすごい。中学の時の部活でMさんは…」とか投稿してるステマのアカウントがたくさんあること。

こえ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!絶対ア〇ウェイじゃん!!!!!!!!


その夜、MさんがLINEグループに入ったタイミングで全員をブロックした。後日、経緯をかくかくしかじか友達に話したら、大層気に入った様子で、「いや4人の飲み会まで行ってこいよwwwwww」と言われた。いや、いかなくてもオチわかるやろ!個人事業主として成功するセミナー費とかいって20万の入会金請求されたり、""""気""""の入った水買わされたりするんだよ!!

初めてギャルと友達になれたと思ったけど、ギャルはやっぱり怖いし、たぶんいいヤツじゃなかった。でも、紹介したら素直に牛のチンポ食べてくれたし、怖かったけど、新年早々人に話したくなるようなネタを提供してもらった。新宿の道端でまた会ったら、今度はわたしから話しかけて、「飲み行きましょ〜!」とか言ってビビらせたい。

善人のギャルのみなさん、語弊のある書き方をしてすみません。

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