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鈍く光る銀色の・・・(49)

 そうこうしているうちに、土曜日の秀とのデートは続き、2ヵ月があっという間に過ぎた。その日もお茶をしていつもの通り店を出た。まだ、路地裏で人通りはない、秀がハグしてきて、いい雰囲気になった時だった。そこに立ち尽くしている香奈子がいた。「今、すぐ秀から離れて」と香奈子が叫んだ。秀はとっさにマヤをかばう位置に立った。ふたりでいるところを見て、香奈子は逆上しているようだった。その手には果物ナイフのような刃物が握られていた。「危ない」とマヤが叫ぶと香奈子は自分の手首を切ろうとした。間一髪で秀が刃先を握り、香奈子の腕からナイフを叩き落とした。秀の手のひらから大量の血がしたたり落ちた。マヤは素早くナイフを拾った。香奈子が、「秀、そんなつもりはなかったの」と泣き叫んだ。マヤは救急車呼ぶねと電話をかけようとしたが、秀が止めた。「事が大ごとになってしまう。兄貴に電話する」秀が電話をかけ、香奈子とマヤが茫然としている間にも秀は血を流し続けた。マヤは持っていたタオルとハンカチで傷を押さえたが、香奈子から目を離すこともできなかった。その間、香奈子は泣きながら、「秀、ごめんなさい。こんなつもりはなかった」と何度もうわ言のように繰り返していた。30分ぐらいたっただろうか、タクシーで兄の優が到着した。優は「香奈子を先に後部座席に乗せて、秀も乗って。俺の知り合いの外科医に診てもらう、悪いが君はひとりで帰れる?けがはない?そのナイフを渡して」と言って、マヤが血まみれのハンカチでおおったナイフを受け取った。マヤも動揺していたが、「ひとりで帰れますし、けがはしていません」と秀の兄に言った。秀が「マヤを置いてはいけないから、降りる」と言ったが、優が「香奈子とその子を一緒に乗せるわけにはいかない」と言って、秀を押し切った。「わたしなら、大丈夫です。早く秀を病院へ連れて行って」とマヤは応えた。タクシーは兄弟と香奈子を乗せて走り去った。駅のトイレでハンカチと手を洗い、マヤは何とか落ち着こうとした。震えが止まらず、奈津に電話をかけたがつながらなかった。あまりに今の出来事がショックすぎたが、何もなかったように電車に乗って、とにかく何とか家まで辿り着いた。

鈍く光る銀色の(49)

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