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どんなときも。【A-style】~僕らがnoteをはじめる理由~

こんにちはAです。
記念すべきこのnoteのはじめのBGMの一曲は
槇原敬之さんの91年のヒットソング「どんな時も。」。

僕の背中は自分が思うより正直かい?
誰かに聞かなきゃ不安になってしまうよ。

で始まる歌詞は、二番のサビで
どんな時もどんな時も
ビルの間窮屈そうに落ちていく夕日に
焦る気持ち溶かしていこう…
と透き通った声で歌いあげます。
不安で迷い戸惑いながらも前に向かって進んでいく、
そんなメッセージソング。

このnoteは、「地方創生」をテーマに様々な地域で、現場で走り回っている人にスポットを当てて、対話や取り組みを通じて、そして僕らの毎日の活動から得られるちいさい学びをシェアすることで、何かヒントになれればいいなと思っています。

「どんなときも。」はまさにそんな時にぴったりの曲。これでいいのかな、でも新しい事業を作らなくてはな、と不安になりながらの毎日の暮らしのなかで何があってもどんな時でも前向きに、笑顔で乗り越えていく…その取り組みが小さく誰かを守ることができる、かもしれない。なかなかスケールしなくて焦るけど、都会の仲間に置いてかれてしまいそうだけど、でもこの地域が「好きなものは好き」と、汗をかいて根を張って向き合うこと、それこそが地方創生の営みなんだろうと思うからです。
だから、今日は記念すべき一曲目は「どんなときも。」


『×』の役割として…簡単に自己紹介をします。

僕は、A。

水戸の街で25歳の時に市議会議員になり2期8年。33歳で経験した「東日本大震災」をきっかけに市長選に挑むも落選。その後は民間人として、ビジネススクールの学長のプロジェクトや新規事業の開発を行い、2017年にはこの街にはじめてのビジネススクール「グロービス経営大学院 茨城水戸特設キャンパス」を開講する責任者となりました。今年4年目を迎えたこのビジネススクールは230名を超す受講生がこれまで学んでくれています。

一方で「水戸ど真ん中再生プロジェクト」と言う名の地方創生プラットフォームの立ち上げと事務局長として取り組みを進め、その一環として、プロバスケットボールBリーグ茨城ロボッツの事業系子会社「いばらきスポーツタウン・マネジメント」の代表を務めています。と言うわけで草鞋はいくつか履いています。

これまで行政や政治と言うパブリックな領域と民間人を行き来をし、東京と水戸の二か所(学生時代を入れると京都も含む三か所)に軸足を置くという仕事の仕方をしてきました。

そういった意味ではこの「官×民」「中×外」という地方創生の大事な要素の×の役割を担う、と言うのが僕やるべきことと認識をして毎日汗をかいています。あと、余談ですが地元のコミュニティFMでラジオパーソナリティもやっています。

相棒であり、共同執筆者の「Y」を紹介します。

昨年、突然「水戸のこと手伝いたいです!地方に興味があるんです。」と言って異動願を出してきたY。この春からはさらに僕が代表をしているロボッツの子会社に出向することになりました。

Yは僕よりもひと回りも年齢が若く、都会的な匂いのする女子。まだ若いけれど銀行員時代から営業人材としてキャリアを重ね、結果も出して東京のとある地域の高いビルの上で素敵な夜景に囲まれて暮らしています。茨城・水戸には何の縁もなく、一歩間違うと「田舎とかだせーし」とか言っちゃいそうな雰囲気…これが最初の第一印象。「なんで志願してきたんだ?!ていうか、この姉ちゃん誰?」と言うのが最初の感想でした。

何度か話し合いをして、僕も一緒に動けるメンバーが必要だったので来てもらうことにしました。「すぐいなくなっちゃうんじゃないの?」という不安もある一方で、僕の中にはちょっとした「いけるかも」という感覚がありました。その理由は3つ。

①関西弁バリバリであるということ
奈良県出身の彼女は聞いてみるとけっこうな田舎育ちで都会に染まらず関西弁バリバリ。大学は京都、最初の就職は神戸と一人で「三都物語」みたいになっている。東京に来ても関西弁を隠しもしない。鹿しかいないじゃんっていうと、なんやかんやと関西弁で言ってくる。なんだ、結構おもろいやん。

②塾講師のアルバイトが好きだったこと
僕自身も京都に7年半住んでいた(Yとは時期はかぶらない)のだけれど、そこで明け暮れたアルバイトは塾講師。彼女もそう。この共通点は「人が育つ」とか「誰かの人生のターニングポイントに立つ」ということが好き、ということ。僕がいま、水戸でやりたいことはこの感覚に近かったので、この点も◎。

そして、一緒に働いてみて感覚が自信に変わったポイントがあります。
③泥臭い営業マインドとビジネス思考を持っていてしぶといこと
とにかく「営業=数字をつくる」と言うことにものすごい執着を持っているのがよくわかります。「儲からないのは嫌」とまで言います。銀行員時代は目標達成のために営業車を乗り回して中小企業を訪問しまくっていたという泥臭い営業マインドは、デジタルやWEBマーケティング全盛の時代であっても、特に地方においては必要なこと。膝と膝を突き合わせてとことん向き合う姿勢を頼もしく感じています。

そんなことで「相棒」となったYと、二年目の冒険をはじめています。


僕らがnoteをはじめる理由。
それは2人の立ち位置と視点の違いが面白いから。

さて、そんな僕らがnoteをはじめることにしました。その理由は、この一年間2人で「地方創生って何よ?」に向き合ってきた結果、いろいろな学びが僕ら2人のあいだの違いから生まれてくることに気付いたからです。
・地元人材 × 外からの人材
・ローカル志向 × グローバル志向
・昭和生まれのミドル年代 ×平成生まれの 若手年代
・男性的価値観 × 女性的価値観
・たぶんずっといる × たぶんいつかいなくなる
・政治的思考プロセス × ビジネス的思考プロセス
・上司 × 部下
その他にも、生活しているコミュニティの違い、働くことへの価値観の違い、コミュニケーションスタイルの違い…など、あげだしたらきりがありません。

しかし、そんな違いをお互いで認識しながら必死に考えたり、時には意思疎通がうまくいかなくてぶつかりあったり、口きかなかったり、大声で笑ったり、喜び合ったり、泣いたり、一緒に怒ったり、そんなことの繰り返しで、「これって『本質』やん」っていうところに同じタイミングでたどりついたりするものがあります。

独りよがりで一方的に「地方創生論」をかましていくよりも、この僕らのちょっとずれたエンドレスな対話の中から、ミリ単位で成長していく等身大の「地方創生の現場」を読んでくださる方(いるのか?)と一緒に考えていきたいです。そして、その足跡を残していくことが誰かの役に立つのかもな、一緒に奮闘し冒険した日々の記録が、僕らの将来に意味を残せるのかなと思っています。

だから、僕らは小さく小さくnoteをはじめることにしました。地方創生なんてカッコいい言葉ではなくて、毎日の地域を現場にしたビジネスの営みのもがきとあがきを自然体で記せればいいなと考えています。



地方創生の現場に必要な3つの姿勢とは、「地方が好き」「人が好き」「ビジネスが好き」。

Yと一緒に冒険をはじめて、あぁ一緒に何かができそうだな、どんなときも、ここの部分が共通の想いがあれば前に向かって進んでいけそうだな、と気付かされたことが3つあります。たぶんこれが地方創生の現場に大事な姿勢の要素なのだと思います。

①「地方が好き」その地域や故郷への強い思いがあるということ
まずはこれが大事です。まずはその地域に強い関心があって、そこにある課題が何であるか知りたいという思いが強いこと。そしてそれらの課題を自分なりに頭の中で構造化してとらえられるということだと思います。
ふわっとした「地方創生」じゃなくて、また「人口減少を食い止める」と言ったような壮大なイメージではなくて、目の前にある地域に目を向けるということなのだとも思います。
これは必ずしもその地域の地元民であっても、外からの人材であってもかまいません。中には中、外には外の役割があります。ただそこに共通をしているのは地域を何とかしたい、その知見を自分の故郷にも活かしたいという「志」「暑苦しさ」と言えます。

②「人が好き」自分一人ではできないということを知っていること
2点目は「人への関心」です。街づくりは人づくりとは昔からよく言われる言葉です。結局一人のプレイヤーだけでは地域を作っていくことはできませんし、そのプレイヤーが去った後に何も残らないというのではあまり意味がありません。
だから、自分の関心事などをたくさんの人と話をし、そしてたくさんの人の話を聞き、想いを共有し、互いに刺激を与えあいながら成長をし、次から次へと何かが生まれていく仕組みを作っていくことが最も大事なこと。
人の成長に興味があるということ、一人ひとりの成長が地域の可能性を広げていくということを知っていること。そしてそれが決して上から目線ではなく、自然体でその輪を広げ、生態系をつくっていけるいうことは大事な要素でしょう。

③「ビジネスが好き」稼ぐ、儲けるから逃げないこと
地方創生が地域活性とまだ言われていた時代、まちづくりには多くの補助金や助成金が使われて、にぎやかならそれでいいと言ったような一過性のイベントなどが多く見受けられました。そのような時代、「街で儲ける」なんて言った時には「金儲けを考えるなんて何を言っているんだ!」と叱られることもしばしばあり、僕なんかも議員時代にこの内容で議事録削除をほかの議員に求められるなんて経験もしました。
しかしながらあれから15年ぐらいがたって昨今の「がんばっている」と言われる地域はイベントではなく、ビジネスとしての取り組みが機能しているということが言えます。儲けるというビジネス的思考と戦略に嗅覚があり、泥臭く地域を走り回る汗のかける営業マインドを持っていることは、絶対に必要な要素です。「よいもの」だけではなく「よいもので稼げるもの」を地域課題からビジネスとして作っていく、この姿勢を逃げずに大事にしたいものです。

と、書いてきましたがこの3要素に改めて気付かせてくれたのは、Yの存在です。彼女を見ているとこの3つを、僕らの冒険「地方クエスト」の武器として茨城・水戸に持ち込んで来てくれたのだなと思うからです。

さぁ、新しい旅が始まります。
「どんなときも。」を高らかに歌いながら。

Yへの手紙(往復書簡)グローバル志向っぽい君が、都会のの匂いのする君が
地方創生って…いったい、どうしたの。そして、どうして茨城・水戸に来ようと思ったの?



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