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英国散歩 第9週|ロンドン、キングス・クロス再開発の見どころ(全体像把握編)

ロンドンで今最も注目を集めている再開発プロジェクトの1つ、「キングス・クロス再開発」。

ロンドンの主要ターミナル駅であるキングス・クロス駅の駅前を含む敷地面積約27万㎡、延床面積約74万㎡という超大型再開発プロジェクトであり、入居テナントにはイギリスの名門芸術大学や、Google(Youtube含む)、Facebook(Meta)といった大手テック企業も名を連ねます。
建設棟数約50棟、住宅は約2,000戸、そして何といっても敷地面積のほぼ4割にあたる約10.5万㎡という広大なオープンスペースが創出される点も注目ポイントです。

今回、この10月~11月にかけて既に4、5回ほど訪問し、合わせて丸一日ほど現地を歩いて体感してきましたので、その見どころを写真とともに紹介します。


二部構成で、今回は前編「全体像把握編」、次回に後編「スポット紹介編」をアップ予定です。




ロンドンの交通の要衝、キングス・クロス

キングス・クロス再開発の全体像把握に向けて、まずは当エリアの駅について簡単に触れます。


当エリアと同じ名称であるキングス・クロス駅(King’s Cross Station)は、鉄道の複数路線が乗り入れるロンドンのターミナル駅の1つです。

ハリーポッターの「9と3/4番線」があることで世界的にその知名度は高いのではないかと思います。実際に駅構内にその撮影スポットと公式ショップが設置され、土日は朝から観光客の列ができています。

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また、キングス・クロス駅の目と鼻の先には、セント・パンクラス駅(St. Pancras Station)があり、鉄道駅としては別々の駅なのですが、地下鉄駅はキングス・クロス・セント・パンクラス駅(King's Cross St. Pancras Station)として一体になっています。

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ちなみに、ハリーポッターの映画では赤レンガの駅舎の外観が登場しますが、それはキングス・クロス駅ではなくセント・パンクラス駅のほうです。

この地下鉄のキングス・クロス・セント・パンクラス駅は、6路線が乗り入れるハブ駅で、乗降客数は年間約8,800万人2019年)でロンドン地下鉄の駅の中で最多を誇ります

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また、地上駅については、キングス・クロス駅はスコットランドやイングランド北東部からの終着駅でいわゆる「ロンドンの北の玄関口」。そして、セント・パンクラス駅の方は大陸と接続する「ユーロスターの発着駅」。

これら2つの鉄道駅が隣接するここのキングス・クロスというエリアは、まさにイギリスの国内外を結ぶ交通の要衝です。
なお、乗降客数で見ても、2駅ともロンドンの鉄道駅の中でトップ10に数えられるほどの主要駅です。


東京に置き換えてみると、乗降客数が地下鉄駅で最多という側面では池袋駅、東京の「北の玄関口」というと側面では上野駅あたりをイメージするとわかりやすいかもしれません。



駅の開業年は、キングス・クロス駅が1852年、セント・パンクラス駅が1868年と、いずれも開業から150年以上前が経過しています。最近では、ユーロスターの乗り入れに合わせて2007年にセント・パンクラス駅が、2012年のロンドンオリンピック開催に合わせてキングス・クロス駅がそれぞれリニューアルされ、どちらも歴史的価値のある駅舎を生かしつつもモダンな雰囲気になっています。

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キングス・クロス駅のコンコース


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セント・パンクラス駅のUpper Levelにあるレストランのテラス席




キングス・クロス再開発のテーマ

次に、そんなキングス・クロスというエリアで進められている再開発プロジェクトの概要についてです。


キングス・クロス再開発の大きなテーマは「ブラウンフィールドの再生」です。
※補記:ここでいう”ブラウンフィールド”は、「工業的な土地利用がなされた後、放棄され、用途転換も進まず、低未利用な状態になった土地」といったニュアンスで使用しています。

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リージェント運河に開かれて整備された広場(グラナリー・スクエア)



もともとこのエリアは、1820年に完成したリージェント運河(Regent’s Canal)を利用した水運の拠点であり、上述のとおり、19世紀半ばにキングス・クロス駅、セント・パンクラス駅が開業したことで、交通の要衝という立地特性を生かし、イングランド北部の工業都市と大消費地・ロンドンとを結ぶ産業のハブとして発展します。

そこには、石炭や穀物、ジャガイモ、その他さまざまなものが運び込まれ、そのための貯蔵施設などの建物も建設されました。


しかし、第二次世界大戦後、鉄道による貨物輸送の需要が減退することで、鉄道輸送の拠点として発展したこのエリアは十分に活用されない状態となります。低未利用の建物(廃墟)と用地、そして土壌汚染の問題も抱えた、いわゆるブラウンフィールドでした。


ナイトクラブが栄え、アート活動の拠点
にもなる一方で、犯罪発生率や失業率という側面でも、そして人々が生活する環境という側面でも課題を抱えており、長らくこのエリアは投資の対象にならず、そのタイミングを待つことになります。




キングス・クロス再開発の経緯

流れが大きく変わるきっかけになったのは1996年
ユーロスター(を含むChannel Tunnel Rail Link, CTRL)の発着駅がウォータールー駅からセント・パンクラス駅に切り替わるという決定がなされました。


これを機に、土地所有者である鉄道会社(London&Continental Railways)が当エリアを開発することを決定し、開発パートナー(Argent)が選定され、2006年には開発許可が下ります。

そして、2007年には、上述のとおりユーロスターの乗り入れに合わせ、セント・パンクラス駅がリニューアルされることになります。

また、2008年に鉄道会社、運輸会社、開発事業者(London & Continental Railways, DHL and Argent)によるキングス・クロス・セントラル有限責任組合(kings cross central limited partnership)が組織され、この組合が当エリアの土地の単独所有者になったことは、プロジェクト推進において重要なポイントだったようです。


そして、2011年には当エリア内に、イギリスの芸術大学の超名門とされるロンドン芸術大学 セントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins - University of the Arts London)が移転。
その移転先の建物は、グラナリー・ビル(the Granary Building)。その名のとおり、かつてはこの地に運ばれてきた穀物を貯蔵する施設(granary:穀物倉庫)として活用されていました。

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これを皮切りにして、現在までに住宅、オフィス、商業施設が整備され、リージェント運河沿いも含め個性豊かな多くのオープンスペースが整備されることになります。


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Argentによる当エリアの開発スキーム図(出所:The World Bank




キングス・クロス再開発の見方

前置きが長くなりましたが、ここまでの内容を踏まえて、この「キングス・クロス再開発」の(あくまで個人的に特徴的/面白いと思う)見方をここで整理しておきます。


ポイントは4つかなと思います。


①歴史的建造物の再生

かつて鉄道輸送の拠点としての繁栄、衰退を経験した当エリアには、多くの「廃墟」と化した建物がありました。

キングス・クロス再開発では、上述のグラナリー・ビル(旧・穀物倉庫)のほか、旧・石炭貯蔵庫(現在のコール・ヤード・ドロップ:商業施設)、旧・ガス貯蔵庫(現在のガスホルダーズ:住宅)など、計20の歴史的建造物を当エリアの歴史を後世に伝える「産業遺構」として活用し、エリアのシンボルとして生まれ変わらせています。

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②生活環境の改善

治安が悪化し、住宅地としての需要はほぼなかったであろう当エリアには、この開発によって最終的に2,000戸の住宅が整備される予定です。

また、当時は鉄道用地であり、人々が生活を営む上で必要な施設などもなかったと思いますが、現在は大規模なスーパーや多様な飲食・小売店舗が誘致され、定期的にマーケットが開催されるほか、個性豊かな10の公園・広場を含め、約10.5万㎡という広大なオープンスペースが創出されています。

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③雇用創出、ブランドイメージの向上

当エリアはかつて高い失業率という問題を抱えており、それが治安の悪化や「キングス・クロス」というエリアのイメージ低下につながり、エリアとしての価値向上が難しい状況にありました。

ですが、現在では既に、Google UK(Youtube含む)、Universal Music UKなどの大手企業を含め18,000人の雇用を創出しているとされ、名門校であるロンドン芸術大学などの移転もあり、エリアのブランドイメージの向上にもつながったものと推測されます。

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④新たなカルチャーの発信

かつて、ナイトクラブやアーティストの活動拠点として(良くも悪くも)有名であった当エリアは、そういったナイトライフやクリエイティブ関連のカルチャーの発信という意味では魅力を持っていたといえます。

ロンドン芸術大学の誘致はおそらくそういった側面からも理にかなったものだったと思われます。また、非常にシンボリックな形態の商業施設にはSamsungのフラッグシップ店(Samsung KX experience space)が入るほか、ヨーロッパを代表するインテリアブランドのTom Dixonの非常に「映える」デザインの店舗もキーテナントとして入っています。

また、各オープンスペースでは随時様々なイベントが開催されており(今シーズンのカーリング体験型クリスマスツリーはなかなか新しいなと感じました)、ロンドン/イギリスのターミナルという強みを生かしたカルチャー発信拠点として、エリアマネジメントの取組みにも力が入っていると考えられます。

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と、「キングス・クロス再開発」の見方を整理したところで、前編「全体像把握編」はおわりとし、次回後編の「スポット紹介編」で、この見方を踏まえつつ実際にエリア内の具体的なスポットを写真とともに紹介していきたいと思います。

(以下、前編の内容に関連するスポットの写真をいくつか掲載しておきます)



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References

King’s Crossウェブサイト(2021年11月20日最終閲覧)
・The B1M, "London's King's Cross Reborn" (2019)
・PPIAF/The World Bank, "Railway Reform : Toolkit for Improving Rail Sector Performance", Case Study: London King’s Cross (2017)
・Regeneris Consulting, "The Economic and Social Story of King's Cross"(2017)
・坂井文, イギリスとアメリカの公共空間マネジメント - 公民連携の手法と事例(学芸出版社, 2021)

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