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星の光│詩

星の光│詩

今夜
地球の端から星空を眺めている

空っぽの宇宙を旅した光は
生まれた星から遥か遠くの
太陽系の
第三惑星の
身長わずか2メートルにも満たない人間の
小さな小さな眼に飛び込んで
神経回路を駆け巡り
私の脳に記録される

光が生まれたその瞬間に
旅の結末は
定められていたのかもしれない

想像すら難しいほどの
ゼロがたくさん並ぶ距離を旅して
一つの星と私がつながる
そんな奇跡が今夜も起きる

君と

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言葉を二つ折りにして│詩

言葉を二つ折りにして│詩

言葉を二つ折りにして
静かに胃の中に納める

時折
言葉はごろごろと
胃の中で転げ回るけれども

柔らかな言葉なら
快いものである

棘のある言葉なら
悶え苦しみ血まみれになる

小さく四つ折り
より小さく八つ折りにすれば

棘も飛び出ず痛みも軽い
小さく小さくするに限る

とはいえ
飲み込む言葉は
自分の好物に越したことはない

言葉を予め酒に浸しておくのも
刺激を和らげるためには良い

言葉に

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高知の夏│詩

高知の夏│詩

まだ通りを走る車が少なかった頃
高知の小さな漁師町で
いくつかの夏を過ごしていた

乾いた空気と強い日差し
真っ白な道に落ちる濃厚な影
寺の庭を埋め尽くす蝉の声

田んぼと浜と
わずかな商店があるだけの小さな集落は
大人にとっては退屈なところだったろう

海と集落を隔てる堤防は
小さな子には絶望的な高さで
一度も水平線を見ることはなかった

高知の従兄弟と
東京の従姉妹
そして一番小さな私

砂混

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傘がない│詩

傘がない│詩

傘がない

朝から降り続く雨の一日
昇降口にさしておいたはずの
新しく買ってもらった傘がない
名前も書いた透明な傘

風もなく
雨は真っ直ぐ落ちてゆく
灰色の雨霞の中へ
次々と消える同級生たち

碁盤の目のように並んだ
鉄製の四角い升目には
まだ持ち主を待つ傘たちが
ポツリポツリと立っている

何事もなく
一日を終えた持ち主に迎えられ
一本ずつ雨に消えてゆく傘を
昇降口の端に立って見送る

しばら

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五月の海│詩

五月の海│詩

五月の太陽が照らす海
浜から離れた静かな入江
そこは男の子たちだけの遊び場

波間から顔を出した磯の上
引き潮にあわせて
まだ日に焼けていない白い顔が集う

潮溜まりのウミウシ
磯の裏側に張り付いたムラサキウニ
岩の間に身を隠すイワガニ

磯の岩場を跳びまわり
時には海に滑り落ち
半身をずぶ濡れにして大笑い

いつも落ちるのはお前だよ
お前だって片足落ちたろ
掛け合う声がさざ波に染みる

崖下に大

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忘れてしまえば│詩

忘れてしまえば│詩

あなたの前で
言葉を選んでいるよりも

たった一歩
前に踏み出して
両腕に包んでぎゅっとする

言葉も
理由も
ためらいも
忘れてしまえば
それでいい

2024/4/26

揺れる│詩

揺れる│詩

自転車
ペダルとチェーンのきしむ音が
ずっとずっと遠くまで
届く

そんな
美術部帰りの
冬の夜道
左手には
潮騒

すべらかな黒の海原
生まれたての
白い満月から滴る
波間にも光る道が

堤防にのぼり
風景の一部になれば
自分が
夜に透けてゆく

一時
空っぽになればいい
誰もいない海の前で

十代の
荒い感情たちも
色を手放し透けてゆく

潮の香りと油絵の匂い
香りによって浮き上がる
何かの境

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幸せの質量│詩

幸せの質量│詩

両の手のひらに
そっとのせて
指と指の隙間から
細い糸となって滑り落ちるものを
不思議な気持ちで眺めている

一本
また、一本
あたたかくて
美しくて
甘い蜜のような
七色の光を湛えた細いラインが
指と指の隙間から
風にのって伸びてゆく

この広い世界に
たまたま乗り合わせた僕らは
風に揺られて漂う光のラインに導かれ
時に孤独な景色の中を旅して
時に誰かの光と交じりあい
真っ暗な銀河に数多の星座を

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銀の電灯│詩

銀の電灯│詩

海に突き出るようにつくられた公園の
子供達が遊ぶ広場の真ん中に
一本の銀色の電灯が立っていた

海の方から空が藍色に変わり
夕方6時になると
銀の柱の天辺に
ふっと明かりが灯る

その合図とともに
人影が減ってゆく広場の寂しさと
あちこちの家で家事する母親の気配が
子供達の帰る足を早めていく

帰ると人がいる家は温かい
いや、人がいても冷たい家もあろうが
それでも、誰かがいる気配というものは
その

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役目|詩

役目|詩

少しだけ白く霞んだ朝の光
春、なのね
身支度をした親子が学校へと向かう

あちこちの玄関から
同じような親子が現れる
通りに、街に、今日の良き日に

赤と白の垂れ幕で飾られた体育館
立派な赤い絨毯が
入り口からステージまで真っ直ぐ続く

曲がりくねった3年間を過ごした生徒にも
最後は堂々とした真っ直ぐな道を歩ませてくれる
学校のそういう所は嫌いじゃないよ

この赤い道を歩む子と
それを見守る親と

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おしゃべりしましょ|詩

おしゃべりしましょ|詩

おしゃべりしましょ

膝の上の特等席
見上げた先の優しい瞳と
見えない糸でつながっている

これなあに
なんでなんで

くるくるまわる拙い言葉
眠気を誘う柔らかな世界は
終わることなど
ないかのようで

おしゃべりしましょ

朝の電車
どこにでもある教室
みんなで並んで自転車こいで
若さという引力が渦を巻く

聞いて聞いて
そう、それな

あちこち飛び交う言葉に
前のめりで応える声
目に見えない

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タンポポもって立つ君は|詩

タンポポもって立つ君は|詩

タンポポもって立つ君は

柔らかな綿毛と見つめ合う

花の子と人の子の

瞳の中に風が吹き

澄んだ光のその先に

連れていってくれそうで

2024/2/15

旅の理由|詩

旅の理由|詩

田んぼに畑
竹藪、あばら家、錆びた車
侘しい景色の間を
やけに目立つ黄色に緑の列車が走る

たったの二両
コトコトと
かわいらしい音をたてながら
枯れた景色を通り抜ける

無人駅の向こうには
かろうじて
庭畑のところにぽつんと一つ
洗濯物が干してある

風に揺れる
白い布は本来の白さよりも
少し光って見えたのだろう

姿は見えないけれど
人の暮らしがある

それだけで
この先に進んでも大丈夫だと

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蟻んこ|詩

蟻んこ|詩

天気のよい日に芋畑に行って
子供達みんなで土をほじくり返していると
ババババババババ、と
アメリカの戦闘機が機関銃を打ってきた

手にした芋を放り投げ
畑をごちゃごちゃに蹴散らして
悲鳴を上げて逃げ惑う

操縦席から見たら
蟻の巣をつついたような光景だろうか

岩陰に隠れる蟻んこ
林に逃げ込む蟻んこ
雷のような機銃掃射
高鳴るプロペラエンジン

日本の戦争の終わり頃
疎開先の子供達も戦争の中にいた

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