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高知の夏│詩

まだ通りを走る車が少なかった頃
高知の小さな漁師町で
いくつかの夏を過ごしていた

乾いた空気と強い日差し
真っ白な道に落ちる濃厚な影
寺の庭を埋め尽くす蝉の声

田んぼと浜と
わずかな商店があるだけの小さな集落は
大人にとっては退屈なところだったろう

海と集落を隔てる堤防は
小さな子には絶望的な高さで
一度も水平線を見ることはなかった

高知の従兄弟と
東京の従姉妹
そして一番小さな私

砂混じりのせいか道はやけに白くて
太陽の光を撥ねつけるせいか
景色そのものが眩しくて

従兄弟が漕ぐ自転車の後ろに乗って
丘の上の商店から帰る長い長い坂道を下るとき
光の風を纏っているようだった

銭湯の煙突
釜茹での真っ白なおじゃこ
潮の香りが染みついた家
小さな野球場
蛍が飛び交う畦道
遊びにはこと欠かない子供たち

祭り囃子が街に響けば
電車に乗ってよさこいへ
夜の通りを埋め尽くす踊り手の波
集落では見たこともない人の群れ
オレンジの灯りが連なる屋台の列

手を離したら二度と出会えない
そんな不安と鳴子の音が
夏の終わりまで残っていて

数珠の玉の中に住む仏様
祖母があげる月命日の南無阿弥陀仏
歌うような節回しを空で覚えてしまうころ

飛行機が一つ山に落ちて
みんな亡くなった

白い夏の蜃気楼
あの年の出来事を
まだどこかに置き忘れている

2024/5/15

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