犬を手放した父



犬を飼おうと思う。

みたいなことを高校一年生くらいの時に父が言った。

無責任な人の集まりなんだからやめな。

と私は確かに言った。このとき私は既に自分の家族のことを血の繋がってしまっている人間がシェアハウスしている、という感覚だった。

元より、私が犬嫌いということもある。
しかし私が生まれる前から12歳までシベリアンハスキーを飼っていた。
飼っていた、のはほんの数年で父が無職で家賃を払えなくなり祖母に家に身を寄せたときに祖父に押し付けて最後まで祖父がシベリアンハスキーの面倒を見たのである。シベリアンハスキーは元々保健所にいた犬だそう。因みに父が散歩しているところはただの一度も見たことがない。

そんな過去があるので無責任極まりない父にまた犬を飼うことは絶対不可能、犬自体嫌いだしただでさえ居心地の悪いこの家に犬まで来たら更に居心地が悪くなるし、犬のことを思うと他のまともな人に飼ってもらったほうが遥かに幸せだと思った。
生き物を飼う、というのは責任感がないとダメだと16歳の私ですら当たり前にわかっていたことだった。

だからちゃんと言ったのに……!!!

学校から帰ったら家に犬がいた。
ーーー最悪だ。

どうやら母も納得してペットショップではなくどこからか譲ってもらってきたらしい。
子犬のラブラドールだった。
今でも鮮明に覚えている。リビング中を走り回るラブラドールのことを。

あーあ。と思った。この犬も可哀想に。こんな家に来ちゃって。

浅い知識で申し訳ないが犬って最初に躾を頑張らないといけないイメージだ。
飼い主と飼い犬の上下関係を教えなくてはならないはず。

しかし案の定、父はそのような事をしなかった。
なんなら凶暴化してしまってずっと吠え続けていた気がする。
ラブラドールには悪いが私はノータッチだった。だって元から注意もしたし私は何より犬が苦手で怖い。

一度だけ、散歩をしてほしいと言われて付き合ったがリードを持ったとき本当にラブラドールに文字通り振り回された。リードを離したら最後だと思い必死に掴んでいた。

躾をまともにしなかったので随分乱暴な犬になってしまった。
これは完全に飼い主、つまりは父の落ち度だ。ラブラドールはなにも悪くない。被害者、いや、被害犬である。

母は母なりに頑張っていたと思う。ラブラドールの世話の99.9パーセントを母が行っていたと記憶している。
シベリアンハスキーを飼っていた時も私を妊娠していて身重だったはずなのに階段しかないマンションでシベリアンハスキーと階段を上り下りしながら散歩を頑張ってきた実績が母にはあった。
母はインターネットを知らない人だったので躾の仕方を調べたりできなかったのかもしれない、本も読まない人だ。
犬が家に来たのなら犬関連書籍があってもいいはずなのにこの血の繋がってしまっている人間のシェアハウスにはそのような本はなかった。

どのくらいの月日が経ったであろうか、結構早い段階かもしれない。
学校から帰ってきたら犬だけいなかった。

先述した通り、父は本当に無責任な人である。
なんとなく嫌な予感がした。

ラブラドールは?と聞くと想像の遥か斜め上の回答が返ってきた。

海でリードから手を離したらそのまま走っていっていなくなった。

と言うのだ。
理解するのに時間がかかったと思う。この文章を打ち込んでい今でさえまだ理解しきれていない。
朝、珍しく父がラブラドールを連れて海に散歩に行ったところ、いなくなったということらしい。

普通飼い犬なんだから死ぬほど探すだろう、というか躾もまともにできていない犬から手を離すなんてあり得ないだろう!と思った。
しかも悪びれる素振りも見せずあっけらかんと言うのである。
あまりにあっさり言うので新手の冗談か、タチの悪い冗談過ぎるだろうと思ったが母の表情が暗い。恐ろしいことにラブラドールがいないのは本当らしい。

母も探したそうだが当たり前に見つかることはなかった。
残ったのはゲージだけ。

ほら見ろ、無責任な父に生き物を飼うなんて無理だったじゃないか。
動物愛護の人からぶっ叩かれる話だと思う。


その日からこの血の繋がってる人の集まりのシェアハウスからラブラドールはいなくなった。

しかし数年後父が、ラブラドールが見つかった。
と言うのである。現場から少し離れたお宅にいたと言うのだ。特徴のあるラブラドールだったためすぐわかったと。

私はこう思いたい、
飼いきれなくなった父がなにかしらの手段でラブラドールをその家の人に飼ってもらうことにしたのだと。
そうじゃないと父があまりにも人間性が終わってて無責任で最低な人間であることが証明されてしまう。
父はいつも本当のことは言わない人だった。そういえば職業も教えてくれなかった。意味のない冗談を言う人だった。
だからお願いだ、頼む、犬好きの人が読んだら悲鳴をあげてしまうこの話は嘘だと思いたい。

そしてあのラブラドールはどうか幸せであってほしい。

私はこの出来事がきっかけでなにがあっても動物を飼わないと心に誓っている。
父と同じ血が流れている私は同じことをしてしまうかもしれないと懸念しているからだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?