薔薇みたいな花束 <大黒柱の結婚・5>
女にプロポーズさせてしまう男。
SNSにぽつりとつぶやいたら大量の野次が飛んできそうだ。
最近は無名の一般人だろうとそういう標的にされるらしい。
港区女子からは同じ女性として憐れまれたり叱られたりするんだろう。
分かるよ。
誰にも取られたくないって思わせてプロポーズさせるんでしょ?
されないってことはそこまで大事に思われてないんだからそんなやつ捨ててさっさと次に行けってことなんでしょ?
確かに分かるんだけど、私はそんなに頑張れないんだ。
ハイブラ買うのだって買わせるのだってきっと見かけより簡単じゃないんだ。
背伸びするのってきっとものすごい努力なんだ。
でも私にはそんな気力がないんだ。
怠け者で、そして、ヘンなやつだから。
「配偶者控除ほしいんだよね」
という謎の提案ののち、私は底の底まで落ちきった。
あとは上昇するのみ、それが私の人生ルーティン。
・1本:「ひとめぼれ」「あなたしかいない」
・10本:「愛しています」
・100本:「100%の愛」
曖昧すぎる結婚の申し込みから1週間後、私はバラの本数の意味を検索していた。
されて嬉しいことを相手にする、よし。
交際して3年。同棲期間もそれとほぼ同じ。
お互いに干渉し合わないちょうど良い距離感。
ありがとうとごめんねを忘れない彼。
家でゴロゴロしてても文句言われないとか地味に大事。
お互いの親とも会ったことあるし、
我が子のような犬と猫もいる。
いつかは本当の子どもがほしいってたまに話してくれる。
家出もしたし、SNS見漁って詰めたこともあるし、ヘルメットも投げつけちゃったこともあるし、いろいろあったけどなんだかんだ乗り越えてきた。
いけるっしょ!
大丈夫っしょ!
ジェットコースターのてっぺんにきたときの恐怖と高揚感。
外的な力は何も加えていなくて、重力だけで動いているらしい。
頭を使うことが苦手で怠惰な私はエネルギーのいらないジェットコースターみたいな思考が大得意だ。
不安と高揚感といえば、高校生のとき何か用事があって早退してひとり学校を出たとき。
みんなが授業を受けている間、私だけ街をぶらり。
人生で何か決断をするときはいつも、あの時に感じたあの感覚と同じものがふわりと降ってきて身体の内側か何かが静かに湧き出てくる。
みんなが就職する中、迷った末に大学院に進学することを決断した時。
やっと慣れてきた会社を次の就職先を決めずに辞めると決めたとき。
面接のために初めて歌舞伎町のお店に連絡をしたとき。
教室もオフィスもSNSも狭苦しい、窮屈だ、酸素が薄い。
大多数がぞろぞろと進む道から外れ、ひとりで寄り道するときにやっと私は自分の生を大股で歩いていける気持ちになれる。
母の日以外で花屋に来るのなんて初めてだった。
近所の小さなお店でバラなんてなかったから、この中ではいちばんバラっぽいなと思う花を選んでみる。
検索したけどもうどうでもよくなって5本くらいくださいと言った。
雨に濡れないようにビニールをかけられた花を持ち帰る。
花を買うことなんで人生でそうたくさんはないのになんで今日に限って雨なんだよ。
まぁいいか、べつに晴れ舞台でもなんでもないよ。
夕食中はソワソワしながら平静を装った。
お風呂を終えてもうすぐ就寝、、の前にすかさず白いワイシャツと黒いスラックスに着替え、髪を纏めた。
歯磨きを終えてリビングに戻ってくる彼。
いつになくフォーマルな私が待ち構えているのを前にし「なにごと?」という顔を浮かべる。
背後の隠し持っていた花を彼の顔の前に差し出した。
「私と結婚してください!」
一瞬ぽかーんとしたあと、
\えぇーーー!!!いいのーーー…?!/
女の子みたいに嬉しそうな彼。
まるでまさかのプロポーズを受けて喜びを隠せない女の子のように…
ってあれ??なんだかデジャブだ。
「僕、無職なのに、いいの…??」
あ、女の子じゃこんなこと言わないか。
なんだかジェンダーって不思議だよな。
わんこやにゃんこも混ざり一通りわちゃわちゃしたあと、私はメルカリで手に入れていたキャラものの婚姻届を彼に渡した。
指輪なんて用意してなかった、私も彼もそれを必要とする人でなかったから。
私たちはキラキラしたものに見向きもしないけれど、未だにおもちゃみたいなものに目を輝かせる。
ところで著作権的にこういうのって大丈夫なのだろうか…?
最近は雑誌の付録にディズニーとかの婚姻届があるみたいだけれど、そういうのはちゃんと許可取ってるんだろう。
素人なのか何者なのか知らないけれど、ネットで個人がいろんな人気キャラクター印刷してバラエティ豊富な婚姻届を取り揃えて販売してるのっていいのか…?
こんなものに興じるなんて私も所詮は浮かれ女だな。
なんて自嘲しながらも心はホクホクとしていたから俯瞰はそこでストップしてこんなときばかりはホクホクし続けてみた。
でも、これでよかったのだろうか。
なんて言うとこれではよくなかったみたいじゃないか。
彼はとっても喜んでくれたよ。
だからよかったに決まってるじゃないか。
でも、少し困った顔も一瞬見えなくもなかった。
本当は自分が言いたかった?
言わせてしまってごめんねって、ちょっと思った??
なんて、希望的観測だろうか。
これで正解なのかは知らないけれど、まぁ私ってこういう人だよね。
種名も知らないピンク色の花束を花瓶に生けながらひと仕事終えた感を味わった。
解放されたということは緊張していたのだろう。
断られるということはないだろうと思いながらも安心はしていなかった。
プロポーズすることなんて一生に何度もあることじゃないからね。
っていやそれは男が、でしょうよ。
私はする側になるなんて思ってなかったから何度もあることじゃないどころか一度もないと思っていたよ。
そうだよね、そらなおさら緊張しますわな。
うん、おつかれさん。
なんてしっぽりと脳内ひとり打ち上げをした。
この世のもろもろが茶番みたいに思える。
婚約には、指輪
挙式には、祝福
両親への手紙で、号泣
ああすれば、こうなるの公式。
どうなるかはわかりきっているのになぜするのだろう。
つくって食べたところで予想通り味。
あなたとなら茶番を楽しめそうだって人がきっと一緒にいたい人なのかもしれない。
くだらないって分かってることだけど、
どうせやるんだったらこの人とならおもしろそうだ、と。
さて、重い腰を上げて、役所に届け出なければいけない。
だるいなぁ、お役所仕事っておままごとみたい。
こうして私は勝手に「じゃあ、付き合う系男子」の汚名を返上して勝手に気が済んだ。
きっと彼も喜んでくれただろう、これで良いのだ。
人間活動なんてどれも自己満だし、茶番だし、おままごとなんだ。
続く↓
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