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知ることから、Feel India.【#8】デリー駅の夕焼けは綺麗やったけど空気は最悪編

2月11日。朝7時ごろ起床。

インドで暮らす人々と交流を撮りながらたくさんのスナップを撮影した一日から夜が明けた。

7時半にホテルのバイキングで朝ごはんをいただく。この日は寝台列車での移動なので少し多めに、あと次のホテルの綺麗さがわからなかったのでなるべく多く野菜を食べた。(ジャイプルのこのホテルが一番好きやった…)

荷造りを進めるが、ジャイプール滞在中に完食するはずだったポテトチップスとスプライトとコーラがたくさん余ってて、荷物を圧迫する。

インドのご飯が美味しすぎて、日本から持ってきたカップ麺も一つも手をつけていなかった。

使わない延長コードなどは捨て、力づくでスーツケースに荷物を収めた。


チェックアウトし、ジャイプール駅に向かう。人数が当初の3人から全員合流して7人になったので、車2台とトゥクトゥク1台に分かれて移動した。

僕らが乗ったのは小さなタクシー。たぶん軽自動車。それに、大人3人と3人分のリュックと、スーツケース3つを乗せた。助手席にスーツケース2つを乗せ、後部座席に大人3人が座った。ギッチギチである。

ジャイプール駅に着き、荷物を見張る組と買い出し組に分かれる。僕は見張り組にいて、みんなを待っている間に何人かのインド人に声をかけられた。

インドに着いた当初は声をかけられる度に怯えていたけど、なんとなく慣れたと言うか、友好の気持ちで声をかけてくれる人もいることを理解できた。

そうして油断したタイミングでスリやら何やらに合うという話も聞いてるし、やはり衛生的にまだ警戒している自分を否定できないけど、なんとなくの英単語とジェスチャーでやり取りしたり、握手したり、ハグをしたり、一緒に写真を撮ったりする。

寝台列車は約30分遅れでジャイプール駅を発車した。乗車後、チケットのトラブルがあり予定していた席に座れなかったけど、周りの乗客や乗務員らしき男性が別の席を案内してくれた。

詐欺とかの怖い話も聞くけど、基本的には優しい人が多いように思う。愛想は無くても面倒を見てくれる人が多い。

席に着いてからは身体を壊さないようマスクをして休んだ。酔い症の僕には嬉しくない揺れ具合だったので、酔い止めを飲んで横になる。たまに起きて車窓からの風景を撮影した。約6時間の移動。

途中、身体を伸ばすために少し歩いてみたけど、トイレの異臭が漂うだけで碌なことはなかった。


17:30頃、デリー駅へと到着する。

到着した頃がちょうど綺麗な夕焼けの時間帯で、みんな写真を撮っていた。

駅を出るもデリー駅の前は細い道で、それなのに屋台や路上駐車、前も後ろもなくトゥクトゥクが入り乱れており、タクシーを手配しても駅までは到底到着できない。空も段々と暗くなってきたので、僕を含む数名は歩いてホテル方面に向かい、途中でトゥクトゥクを拾うことにした。

トゥクトゥクなので窓はなく、渋滞なので逃げ場もない。マスクをしていても汚染された空気がフィルターを貫いてくる。鼻先に排気口を置かれているような気分だ。

汚物の臭いと排ガスに包まれながら、ただただホテルへ早く到着することを祈る。この辺りから少しずつ意識の輪郭がややボヤけているような感覚に陥っていた。

寝てるのか死んでるのかわからない犬。

おじさんにビンタされるおじさん。

火。

これはスマホに残っていた当時のメモだけど、これをメモしたことも覚えていない。

クラクションに耳を、異臭に鼻をやられ、空気に喉をやられ、寝台列車の空調や揺れでここまで蓄積してきたダメージが少しずつ五感を鈍らせていき、まさにカオスに身を落とすような感覚を味わっていく。

ホテルに着き、スパイスをぶち込んで諸々を紛らわせようと近くのお店に夕食へ。

ウェットティッシュでお店の机を吹いたら、指の形のまま煤をなぞったような跡が付いた。

2月11日夜、僕は遂にインドで身体を壊した。

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