くだらない
「お久しぶりです。」
声を掛けるかどうかは迷ったが私の人生において大きな分岐点となった人だったから思いきって話しかけてみた。
小さい時に想像していた20歳はもっと、ずっと大人びていて、きっと何にでもなれるし何でもできるんだろうなんて事を心から信じていた。
そんなものはただの盲信だった。
ただ、成人式で久しぶりにあった旧友たちは自分よりもずっと大人に見えて、私だけがあの時と変わらないままでいる気がして、私だけがスーツに着られているように気がして仕方が無かった。
良い思い出も、嫌な思い出も、全てがここにあって、別に成人式なんて来なくても良かったかもななんて事を思いながらも懐かしさに浸りつつ、上辺だけの思い出話に花を咲かせた。
その日の夜、場所を移して同窓会があった。
半強制的に押し付けられた幹事も自己犠牲が嫌いではない私にとっては天職だったのかもしれない。
幹事の私は勿論、今日この同窓会に当時お世話になった先生方が来る事を知っていた。
あの先生が、来る事も。
私が中学一年生になってすぐに家庭訪問があった。当時の担任の林先生は私の事をとても気に入ったらしくその家庭訪問で私の親に「是非お子さんにクラス委員長をやって欲しい。」そう言ってきたそうだ。
私は舞い上がった。元々小学校の時は児童会や学級委員長をやりたがるようなそんな少年だったから、それはそれはもう良い気になっていた。
女子でも1人先生からクラス委員長をやって欲しいと頼まれていた子がいて、まだ決まってもいないのに一緒に頑張ろうねなんて話しあったりもした。
そして当日、クラス委員長を決める日。
「立候補する人はいますか?」
林先生がそう言うと私は勢い良く手を上げた。
辺りを見渡すと、もう1人自分以外に手を上げている坊主頭の冴えない顔をした奴がいた。正直、どうせ私で決まりなのになんで手を上げたんだろうとそう思った。
私と、坊主頭の彼と、前に出て皆に軽い演説をする。
そして投票。
クラスの人数が39人、私と彼を引いて37人。
結果、6票と、31票で
私の負け。
負け。
全ての時間が止まった気がした。
あの時の林先生の気まずそうなあの顔は一生忘れないだろう。
そして僕は誓った、こんな思いをするのならば今後、自分から目立とうするのはやめようと、出来る限り息を潜めて生きるのだと。
こんな事でと思う人も居ると思う、ただあの時の自分にとっては、それはそれは耐え難いものだった。これまで培ってきた全てが折れた瞬間だった。
同窓会も終盤に差し掛かった。
林先生も来ている。
別に話す事も無いが、どうしようか、話しかけるべきなのだろうか。
少し考えてから私は林先生の元へと足を進めた。
「お久しぶりです。」
わたしの人生において大きな分岐点となった人だ。この20歳という節目で、話しておく事に意味があるかもしれない、そう思った。
「ええと、ごめんね、何君だっけ?」
息が苦しい。
「渡辺です、1年の時先生のクラスでした。」
何とか言葉を繋げる。
「あ〜3組だった?」
「1組でした。」
…。
言葉が詰まる。
馬鹿みたいだ。
教師なんてものは毎年毎年何百人もの生徒を相手にする。7年くらい前の事だから、そりゃあ覚えている筈も無いのに。
私は何を期待していたんだろう。
私は何に嫌気が差していたんだろう。
私は、何を憎んでいたんだろう。
馬鹿馬鹿しく思えてきて、愛想笑いでもしてやった。
会の終わり、先生方へ花束を送った。
人数が足らずに幹事の私が林先生へ花束を送ったのは後になって笑えてきた。
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